2012年12月29日土曜日

暮れ



年の瀬に、いつものカンパラ。

クリスマスの夜。



停電中(笑
備付けの発電機が不調だったのか、珍しく長かった。












カンパラの街で、今日も寝る人。



このシチュエーションで転がっていたら、どう見たって「行き倒れ」
最初の頃は、よくドキッとしたものだが。





ただのお昼寝なんだよなあ。しかも別に珍しくない。
よくある光景。










気を取り直して、街角の花屋さんにて。




抱えきれないくらいの花束が2,000円しないくらい。
花卉類は欧州向け一大輸出産業でもある。




2012年12月11日火曜日

まずい

三食すべて口に合わない日はさすがにブルーだ。自分でつくったパスタも麺が異様にまずかった。

2012年11月28日水曜日

アフリカの番


今年のクリスマスソングはこれで決まりだ。


『Africa for Norway』
という題名に、思わずニヤッとしながら聞く一曲。





アフリカがノルウェーを支援する、という歌詞。
え、逆じゃない?と思ったら、それこそが彼らの狙い。


わざわざピアニストにサングラスまでかけて、
『We are the World』あたりを意識したのだろう。





はじめてアフリカに来た5年前、あら?と強く拍子抜けしたのを覚えている。みんな意外とフツーに生活しているではないか――それが違和感でさえあえあったということは、つまり、それだけ実際に自分の目で見るその時まで、アフリカはどこか「フツーでない」ところだと思っていたわけだ。難民問題を研究する立場にありながら、不覚にもアフリカのことを何一つ知らなかったことを思い知った。
確かによく考えたら、
貧困、紛争、汚職、テロ。
ばっかりなわけがない。何億人が暮らしていると思ってるのか。
が、これ、ステレオタイプが部分的には正しいこともあって、説明するのが難しい。
難しかった、私には。
◆ ◆ ◆

このPVはノルウェーと南アフリカの協力で行う「Radi-Aid」というキャンペーンでつくられたのだそうだ。キャンペーンの公式サイトを見ると、彼らのメッセージが簡潔明快に書かれている。他の援助機関の広報担当が見たらひっくり返ってしまうような、ちょっと刺激的すぎるかなと思う箇所もあるが、これまで援助機関が決して口にしてこなかったことをここまでズバッと言い当てたことに、ただただ脱帽である。ノルウェー(※)、すげえ。
※)ノルウェー政府の援助機関が資金提供している

1、寄付金集めはステレオタイプにのみ拠るべきではない。
悲しい写真は見飽きた。実際に起きている変化についても伝えてほしい。>

2、世界で起きていることをちゃんと知りたい
危機や貧困やエイズのことだけでなく、アフリカや他の開発途上国が発展していく様子も知りたい。>

3、メディアよ、尊厳を守れ
白人の赤ん坊が飢えている様子を許可なく勝手に撮って掲載できますか?>

4、援助は「ニーズ」に基づくべきものであって、お仕着せの「善意」に基づくべきものではない。
援助はもっと大きな構図の中の一部であり、援助だけが答えではない。>

出典:Radi-Aid: Afria for Norway(抄訳)
http://www.africafornorway.no/why
◆ ◆ ◆

やられた!と一本取られたすがすがしさと、自分以外にもこの違和感に気づいている人たちが結構いたんだ、という嬉しさとともに、長い間自分ではうまく言葉に出来なかったことを鮮やかに表現した彼らに、悔しささえ覚えた一曲だった。

2012年11月27日火曜日

選果眼

ここのアボガドは熟れていても渋いことがあり、見分け方はとうとう分からずじまいだった。味の個体差というよりは、ハズレの週は全部ハズレのパターンが多い。最初の1個目が渋かった時のいまいましさったらないのだ。

2012年11月19日月曜日

yawn



かばのあくび







念願の、初ゲット☆

歯並びまで撮れて満足。






口開いてからカメラを構えるのでは遅いので、今までなかなか撮れなかったのだが、
やたらとあくびをする一団だった。



お昼寝タイムだったのかな?





2012年11月12日月曜日

食ブーム

メンチカツ・ブーム到来。揚げたてにソースとマヨネーズで何個でもイケる。

2012年11月7日水曜日

ブーム

映画チャンネルをのぞくようになったのは、今のアパートに引っ越してからのことだ。前のアパートで過ごした2年は珍しく小説をよく読んだが、今年は映画がマイブームらしい。理由は自分でも全く分からないが、相変わらず飽きっぽいので、そのうち気付いたら観なくなっているのだろう。

『Arthur』 (2011)
聞き覚えのある有名な曲をテーマ曲に勝手に拝借しとる、と思ったら、その曲は元々この映画のものだったそうな。1981年の元の映画も続けて放映されていたので観てみたが、素敵なのは曲だけで、よくこんなんでアカデミーに届いたな――という印象(実際、日本ではそれほどヒットしなかったのだそうだが、納得の内容だ)。2011年版の方はヒロインが不必要にアホッぽくなく、主人公の屈折した感じもよく出ており、チープなおとぎ話なりにリアリティーを消し過ぎてなくて、安心して観られた。一方、1981年版の方は、恋に落ちる過程や必然性が全く見えないので、先に2011年版を観ていなければ、多分、これはどんなジャンルの映画なのか?ということから考えなければならなかったと思う。
ちなみに、曲とは『Arthur's Theme (Best That You Can Do)』(邦題:ニューヨークシティ・セレナーデ)のことだ。


『Shine of Rainbow』
日本語のサイトが見当たらなかったから、たぶん日本未公開なんだろう。2009年アイルランド映画となむ。大きな興行収入を狙うタイプの映画ではないが、こういう作品こそ小さな映画館でひっそり上映してほしいものだと思う。舞台となるアイルランドのおっそろしくド田舎をとらえた映像が、ともかく緑鮮やかで目を引いた。「色」がひとつのモチーフになっているストーリーなので、ひょっとしたら色合いの調整をかなりいじったのかもしれないが、映画でここまで青々とした草原を観たことがない。

孤児だった少年の成長と、彼を養子に引き取った養父母との絆を描く、基本的には良心溢れるストーリーだ。が、終盤せっかく仲良くなった養母が突然亡くなってしまう展開はやり過ぎな感じがした。そこまで悲しい展開にしなくとも、少年と養父が葛藤(――というより、養父はただ人見知りなだけかもしれないが)を乗り越えていく様は描けたのではないか。観客の涙腺を刺激し、かつストーリーを分かりやすくするためにということなんだろうけど、この明らさまな仕掛けが映画の質を上げているかと言うとそれはないので、やはり不必要なのだと思うが、どうか。


『Jonny English Reborn』
Mr.ビーンは(――英国ジョークは、かな)好き嫌いが分かれると思うが、私はローワン・アトキンソンのどこか憎めないところが結構好きである。ビーンも、映画は意外にもハートフルな展開でよかったし(『Mr. Bean's Holiday』2007年、フィリピンで観た)。
Jonny Englishは、もしも007がビーンだったら、という発想の、ゆるっゆるスパイ映画だ。期待どおり全編に下らなさが漂っていて満足である。カーチェイスを車椅子で逃げたり、間違えて女王陛下をボコボコにしてしまったり、せっかく追いつめた敵の目の前で誤って自分から転落しちゃったり。一寸先が読めるお約束のボケがメリハリなく続いていく。

本編とはあまり関係ないが、エンドロールの最後に挿入された、ビーン(Jonny)が音楽に合わせて料理するシーンは、この間のオリンピック開会式の演出に通じるものがあるなと思ったり。

パス

「キャリアパス」がぱっと出てこなくて、「成り上がり方」と言った人がいた。
むしろ名訳ではないか。

2012年11月4日日曜日

at its own pace



離任まで半年を切った。













だいたいいつも、終わる間際は次のことで頭が一杯で
感傷よりも殺気である。


あわてず さわがず が理想ねんけどな。



2012年11月3日土曜日

Catch of the day




いつも思う、






よく立てるな その舟に。




獲れた魚はどこに積むのだろう?と思ってしまうサイズだが、地元の漁師さんの舟としてはごく平均的なものと思われる。これなら、獲り過ぎることもあるまい。しかし見るからに不安定そうな舟で、多分、素人だったら打った網と一緒にドボンだろう。

2012年11月1日木曜日

一望



T字交差点を見下ろす

このビル10階からの眺めから好きだったのだが――





ちょっと前に引っ越してしまった とある訪問先にて



2012年10月23日火曜日

全力で

どうも面白くない気分から抜け出せなかった先週1週間。抜け出すために、週末は必死に気分転換した。普段車で行くところに歩いて行ってみたり、バイパスを端から端まで運転してみたり、いつもは衛生面が気になって買わない豚肉のミンチを買ってみたり、気づいたら映画を5本も観ていたり――

これでいいのだ。

『シカゴ』は歴史ものといえばそうだが、言わずもがな、一義的にはミュージカル映画だ。この種の映画をほとんど観たことがないせいで、最初は「リアル」と「歌」が突然場面転換する違和感を受け流すので精一杯になる。全く趣を異にする映画だが、ちょっと前に観た『Sucker Punch(邦題:エンジェルウォーズ)』をふと思い出した。こちらは歌ではなくSFに突然切り替わるのだが、あの唐突っぷりは、ミュージカル映画に通じるものがあったのだということに今さら気がついた。


『マネーボール』は、この間の一時帰国でDVDを買い損ねていたのだが、たまたま映画チャンネルで観ることができた。原作ではドラフトで無名の選手を指名するエピソードが最大の読ませどころだったが、映画にその話は出てこなかった。全体に思ったより暗めのトーンで、ワクワクよりも淡々とした感じが強く、DVD買い損ねて正解か。


『ソーシャルネットワーク』も同様で、宣伝で受けた印象よりずいぶんと根暗なストーリーで驚いた。いち学生がわずかな期間で億万長者になるアメリカンドリームの話かと思いきや、その過程でどんな内紛や裏切りがあったのかが物語の基調となっていた。敢えてそういうストーリーにした意図までは汲み取れなかったのだが、ひょっとして製作者は私と同じSNS嫌いなのか(笑?…まさかね。


『チャーリーズエンジェル』が今週末観た中では最も期待通りで、最も気楽に観れた。エンドロールにNG集が出てくる茶目っ気ぶりだが、そこから伝わってくる楽しげな撮影の雰囲気が、全編に渡ってにじみ出ていた。ネット上に転がっている所感を見ていると、女性はおおむね支持する一方で、男性は面白くないと感じるケースが多いようだ。言われてみれば確かに、強くてカッコいいのは女性ばかりで、男性はどこか抜けているか嫌な奴、という設定だ。でも、ジェームズ・ボンドを見て不快に感じる女性はそんなに多くないのでは?と思うとき、男性諸氏のこの反応はちょっと興味深い。


その『007』はウガンダと同い年らしい。50周年記念なんだそうで、シリーズ特集をほぼ一日中やっている。が、どれも似たり寄ったりでどれがどれだかまず覚えていないので、まとめて1本とカウント。学生の頃、敵キャラの変遷(うろ覚えだが、ざっくり言ってソ連→中国→北朝鮮→中東てな感じだったか)を卒論のテーマにしようかと一瞬考えたことがあったが、いまだ全作品を通しでみたことはない。この間のオリンピックの開会式は、「女王と007」と「Mrビーン」のシークエンスがお気に入りで、今でもたまに動画を観る。

2012年10月13日土曜日

戦争から平和へ

EUがノーベル平和賞を受賞した。第二次大戦が世界恐慌を境に不可避なものになっていったことを考えれば、欧州金融危機の今、敢えて、の受賞なのだろう。

「戦争の大陸から平和の大陸へ」てのもうまいこと言ったものだと思うが、真のメッセージは「経済危機だからって、今回は戦争したらアカンで」――かな。

第二次大戦前最後の平和な時代は、確かクリミア戦争から第一次大戦までの約60年間だったと思う。今年は戦後67年だから、欧州連合というアイディアは、ほぼそれに並んだわけだ。

ただし勿論、ここで言う「平和」とは「大国の国家間で大規模な戦闘は起きていない」という意味であり、総力戦は冷戦や内戦に形を変え、また欧州大陸の中心部から周縁部や外部に場所を移して、争い自体は継続してきた。域内統合の一方で、域外に対する排他的な度合も年々強化されてきた。

しかし、それでもEUの受賞が「アリだな」と思えるのは、地域連合という発想と、その実現のために歴史的には犬猿の仲と目される国同士でさえ連携し合ったという事実、そして多分期待以上の成果を出してきたことが、間違いなく評価に値するからだろう。

2012年10月12日金曜日

離煙

離煙パイプなるものを試してみる。昨年末の一時帰国時に購入したまま放置していたのだが、昨日、ふと、箱を開けてみる気になった。手入れとか管理とか、思ったより面倒そうなのだが、果たして続くか。

2012年10月11日木曜日

二度見

学生時代、お金が無かったのに2度映画館に足を運んだ作品が、たまたまTVでやっていた。確かDVDも買ったが、明るい気持ちになれる映画ではないので、どこかに置いてきたと思う。

同じ監督が撮った『ものすごいうるさくて、ありえないほど近い』という作品もこの間飛行機で観たが、こっちは映画館で観てたとしても2度は行かなかっただろう。

途中までは琴線に触れる映画になるかもなと思って観ていたが、ふと、主人公家族を敢えてユダヤ人(→明示的にではないが、そう取れるような描き方になっている)にする必要があったのか?と、思った瞬間、妙に冷めたというか、軽い嫌悪感さえ覚えてしまった。ストーリー自体は感動的に作ってあると思ったが、わざわざ第二次大戦のエピソードまで盛り込んで、つくづく「=無辜の被害者」というイメージを売り込みたいんだなあ、という視点からでも一貫して解釈可能な作品だったように思う。

911の被害者はアメリカであって、ユダヤ人に限定されるものではなかったはずだ。にもかかわらず、敢えてユダヤ人を作品の中心に据えるというのなら、そうする必然性を納得のできる形で提示してくれないと、ただただ、作り手のあざとさが鼻につくばかりというものだ。原作者がユダヤ人と知って、案の定、と思ったのは私だけだろうか。

まあ、自己を被害者と認識することは、加害者たる自覚を持つことに比べずっと難しいのだと思われ、隣国の人々からは日本人も五十歩百歩と思われているのかもしれないが。

2012年10月10日水曜日

Golden Jublilee



今年もトップ画面に登場。

今日一日が無事に終わってよかった。



出典:グーグルドットコム。

2012年10月9日火曜日

カウントダウン

50周年の独立記念日は火曜日で飛び石の休日になったが、月曜の今日は休業のところも多かったようだ。聞けば、政府は先週金曜、いったんは「8日月曜を休日にします」とアナウンスしていたそうだ。突然のアナウンスで、いきなりの休日――ここまではよくあるパターン。ところが、昨日、日曜だってのにわざわざ再アナウンスがあり「8日月曜はやっぱり平日にします」となむ(笑 これは珍しい。

どうやら、当初は単に連休になればいいじゃん、と思って休みにしようとしたらしいのだが、一部で

10月8日→旧ブガンダ王国の独立記念日
10月9日→ウガンダの独立記念日

と解釈する向きがあり、伝統的王国の政治参加を断固拒否する政府としては8日を特別扱い出来なくなったのだそうな。植民地統治の負の遺産が50年たってなお残っている、と言うべきか。あるいは、そんなこと前々から分かっていたことなのに、どうしていつも直前になってバタバタするの、と言うべきか。いずれにせよ、ウガンダは明日独立50周年を迎える。

2012年10月7日日曜日

ラベル

めっきり自宅で飲まなくなったが、この間ナイルスペシャルの独立50周年記念ボトルラベルを持って帰り忘れたので、久しぶりに1本購入。ラベルはきれいに剥がして保存するけど、中身を飲む機会はあるのかな?

独立50周年までいよいよあと2日、街は次第に騒がしくなっている。

2012年10月4日木曜日

夢に出る



成田で食べたカキフライ




シーズンはまだ先だと思ってたから

嬉しいまさかのカキフライだった。




2012年10月3日水曜日

バイゴン

ソファとベッドにダニがいるので、必殺・殺虫剤バイゴンをまいた。虫に直接スプレーすると瞬殺できるため、よく効くのは有難いが人体に害はないのだろうか?とふと心配になるくらい強力な殺虫剤だ。臭いも強烈なので、昨日の夜は寝苦しかった。

――しかし私は知っている。このバイゴンを虫除けのように直接肌にかけて使ってる人がいることを…(日本人、しかも女性。ただしアフリカが長い。)初めて聞いたときは、もはや怪談レベルで恐ろしかった(笑

2012年10月2日火曜日

今何時

一時帰国中に買った腕時計がかしこ過ぎて、時間を合わせるだけでも説明書を読まなければならない。ほんの少しずれているくらいなら、ま、いっかという気になる。一方、自宅アパートに備え付けの時計はネジひとつで針を回せるが、毎日ずれていくため、これまたイチイチ直そうという気が起こらない。引っ越してきてから今日でちょうど4か月だが、かれこれ実に30分も早い時計になってしまった。

かくして正確な時刻は分からずじまいだが、アフリカ暮らしはそれでも全く支障ない。

2012年10月1日月曜日

ドナドナ



角が立派なアンコレ牛。
西の方から、生きたままスシ詰めで出荷されてくる。





渋滞でたまたま隣にいたトラック。
首都中心部の日常的光景だ。





くじらが好きな人たちとか、こういうのには反対しないのだろうか。格好の布教対象だろうに)

2012年9月30日日曜日

50



いつの間にか、記念ボトルが出回ってた。

来週、独立50周年。









祝賀ムードとテロ・アラートは表裏だが

めでたいものは、めでたい。




2012年9月27日木曜日

面従腹誹

はらわたが煮えくり返っていても、笑わなければならないことがある。仕事じゃなきゃ切れればいいことだが、プライベートが常にそうであるだけに、いざ隠さなければならないとなると、怒りが表情に出ていないか、ある意味冷や汗ものである。今日は、同席した同僚に褒められたが(笑

基本大盛り

今さらながら、ウガンダ基準の一食の量は本当に多い。ご飯の量は日本のおよそ3倍。昼はいつも外食(=量の調節ができない)ゆえ、夕食不要の日が続いている。体重もオーバーしているし、付き合いで飲むとき以外はしばらくこのままかな。

2012年9月24日月曜日

重たい歴史もの

ウガンダに戻ってきた。成田出発当日に買ったDVDが『沈まぬ太陽』と『ラスト・キング・オブ・スコットランド』だなんて、我ながらちょっと病的でさえある。(言い訳すると、本当は別の作品を探していた。『マネーボール』と『素敵な金縛り』――暗くないと思う)

以下、たまには感想を。

『沈まぬ太陽』
やっぱり映像化するとシラケるんだな、と再確認。ある程度予想はしていたのでそんなにがっかりはしなかったが、全編に渡って主演男優の力量に寄りかかっている感じは否めない。

30年間に渡るストーリーゆえ話を追うだけで精一杯になってしまうのは仕方がないところだ。が、辛酸をなめさせられたはずの海外駐在“たらい回し”の描写があっさりし過ぎていて全然辛そうに見えなかったり、こんなわざとらしいのも最近では珍しいな、と思うほど不自然なCGが目に付いたり(…ロケでお金を使い果たしちゃったのだろうか??)。ケニアのエピソードをちゃんと現地で撮影し、貧しさを前面に出すことなくわりと普段着のナイロビの街の様子なんかを挿入しているところは好感が持てたけど。

あとは、個人的に関心があるからというのもあるが、物語の基調となる御巣鷹山の事故をもうちょっと丁寧に描いて欲しかった。ボイスレコーダー、生存者の証言、ご遺族の声はいずれもネットで簡単に入手できるわけだから、それなりに見聞きしている者の目にも耐えられるレベルで作ってほしいものだ。また、冒頭に事故のシーンをもってくるのはあざとさが鼻につき、映画に引き込まれるきっかけを失った。

ところで、以前、原作小説を読んだ時はそれほど意識していなかったが、主人公は実在の人物をモデルとしながら、その経歴等は随所で都合よく書き換えられていることが知られている。原作者も「フィクション」と断ったうえでのことなので形式上は問題ないが、実際にあった事件や出来事が散りばめられたストーリーということもあり、どこまでが事実で、どこからか先がフィクションなのかが見えにくいのは確かに危うい。全部がノンフィクション(=事実)に見えてしまう可能性を危惧する声も少なくないようだ。

ただ、こうした事態は、悪役にされてしまった実在のモデルたちにかえって「言い訳」の機会を与えることになったのではないかと思う。わが国のナショナル・フラッグ・キャリアが腐っていることは、ニュースからも、実際のサービスからも日々実感されることだ。原作の描く出来事すべてが事実でないのは明白だが、「火のないところに煙は立たぬ」であろうと思わせる現実があるのもまた、事実である。ツルのマークを復活させる悪趣味な懐古趣味があるのなら、一度じっくり原作を熟読してみればいいのに、と心から思う。


『ラスト・キング・オブ・スコットランド』
初めて観たのはミンダナオにいた頃だった。当時はまだ、半年後にウガンダに赴任するとは思ってもみなかったため、残酷な拷問シーンに辟易してDVDをホテルの部屋に置いてきたと記憶している。今回、久しぶりに観たわけだが、件のシーンは早送りにした。再見の理由は、「随所で『あ、これあそこだ』って思うよ」との在留日本人のもっぱらの評判が気になってたから。初見の時は気にもしなかったが、本作品はほぼ全編がウガンダ・ロケで撮影されたのだ。

ウガンダに遊びに来てくれるお客さんを、必ず連れて行く伝統的ダンスショーがある。そのショーの座長でMCのおっちゃんがいるのだが、芸人張りのジョークとトークですこぶる盛り上げ上手なのだ。その彼のよくやるジョークに「私はアミン時代の保健大臣だったんですけどね、…」というのがあり、ウガンダ人には受けるのだが、私はいつも「?」となっていた。今回本作品を再見して、やっとその謎が解けというわけだ。おっちゃん、保健大臣の役でこの映画に出演してたんだ(笑

カンパラの街並みに信号がちらりと映る場面があり、思わず巻き戻してコマ送りで確認。時代考証なのか、今あるのとは違う形だった。街の中心部といえば今でもごく限定されたエリアなので、確かに『あ、これはあそこだ』のオンパレードだった。その同定を目的に再見し、結果十分に楽しめたので、ストーリーに関する所感は特にない。ちなみに、「エンテベ奇襲作戦」当時の空港ターミナルは(もう使用されていないが)現在も当時のまま存在するとのこと。壁に弾痕も残っているのだそうだ。

2012年9月12日水曜日

100

TOEFL100出た!よかった。予定通りとはいえホッとした。半歩前進。

2012年9月7日金曜日

reflection

自分の経験の棚卸作業が必要になって、ボランティアだった頃のブログを久しぶりに読み返してみた。今と違って、仕事のこともオープンに書いており、我ながら恥ずかしくも面白く読んだ。

当時は自分のやっている事の小ささ(それでいて、その小さなことさえままならない非力さ)にどこかゲンナリしていたと記憶しているが、あらためて書きものをたどって振り返ってみると、今なら「こんなことまで?」と思うような細かいことまで、1つ1つこだわりを持って、理屈を付けて、それが通用するかどうかはともかく、めげずにやっていたんだなあと思った。

就職してから年々、携わっている仕事は大きくなる一方だが、それはもちろん、私個人がどうこうではなく、そういう職場にいるってだけの話だ。ただ、フィリピンでの仕事は、ボランティアの時もコンサルタントの時も、どこか孤立無援の闘いを強いられていたので、その点が今とは大きく違う。原点はやはり大学時代のキャンプだと思うが、チームで働く方が孤軍奮闘するより何倍も楽しいし、のびのびと自分の能力も発揮でき、やりがいも感じる。少数精鋭が理想だとすれば、今はその環境にあると思う。

2012年9月6日木曜日

恒例

一時帰国時恒例の、役所&病院めぐり。今回は初めて、区役所で「日本人の方ですか?」と聞かれた。日本語で質問してるってのに、どの辺が馴染めてなかったのだろう?

2012年9月3日月曜日

理由




学生の頃、この会社の日本でのキャッチコピーは
「No Reason」だった。


時とところが変われば、こんなに増えることもある。
…いや、でもちょっと増えすぎかな(笑?





A BILLION REASONS TO BELIEVE IN AFRICA
(アフリカを信じる10億の理由)

勢いが違います。



2012年9月2日日曜日

実家

昨日の便で日本に帰って来た。夏は極力避けていたので、結構久しぶりだ。
蚊取り線香のにおい、蝉の鳴き声、この湿度にビール、か。


こっちは運転手アイバン君の実家。
何度も誘われてたので、一時帰国直前に行ってみた。

ママ、お兄さん、お姉さん、妹に甥っ子、姪っ子。
みんな何か言いたそうだったけど、シレっと気付かぬ振りで通す。


…嫁には来ませんYO!(笑


2012年8月20日月曜日

必需品

ノートPCと腕時計が壊れ、愛用するボールペンの替え芯が在庫切れ。だからと言うわけではないが、9月に少しだけ一時帰国する。

ノートPCは冷却用ファンが回らなくなり、異音を上げながら高熱を発し、しばらくすると自動停止してしまう。もうかれこれ1ヶ月ほど、保冷剤を下に敷いて何とか使っているが、いつ止まるか分からないのは不安だし不便だ。

腕時計は、心当たりがないのだが、ある朝突然止まった。ソーラー充電って半永久的に使えるものだとばかり思っていたが、そうでもないらしい。

いずれにしろ、今回の一時帰国は目的があってのことなので(時間も短めだし)、前回みたいに動き回ることはないだろう。

リーク

人々の金を徴収して生活している人たちが、本当の意味で人々のため(=公共)に働いているのなら、その人たちが持っている情報というのは本来的に人々のもののはずである。だから、リークしたことが問題なんじゃない。リークが問題になることが問題なのだと思う(リークの目的も、リークした情報そのものよりも、そんな現状を皮肉るところに、真の意図があるのではないか。)この問題は、個々人の守秘義務とは別次元の話だ。

2012年8月13日月曜日

ウガンダの金メダル

ロンドン五輪最終日、ウガンダのキプロティチ選手が ま・さ・か の金メダル!しかも男子マラソン。全世界がLIVEで見守る中、目が点のツルをあしらった三色の国旗を掲げ、ゴールテープを切る姿は、さすがに胸に迫るものがあった。

※Kiprotichの表記を、現地語発音に合わせ「キプロティチ」に変更。

ウガンダ人でさえ期待していなかったせいで、地上波の中継はなし。陸上は男子5000mのキプシロ選手が有名なくらいで、キプロティチ選手は文字通り無名の存在だった(数人しかいない選手団の1人だというのに)。むしろ、この間の東京マラソンで3位に入ったため、在留日本人の間ではちょっとした有名人だった(日本から「3位がウガンダ人だったよ」って連絡が来たりするのです)。でも、まさか勝つとは。

今日のレースは「Kiprotich」がいっぱいいましたね。中継で確認できただけでも3人。優勝したウガンダのスティーブン・キプロティチ選手の他、途中まで先頭を引っ張っていたケニヤのウィルソン・キプサン・キプロティチ選手、残念ながら途中棄権だったフランスのエイブラハム・キプロティチ選手。ウガンダでは東部ケニア国境の辺りに多い名前なんだそうで、たぶん3人ともルーツは同じなんだろう(部族とか、クランとか)。フランスのエイブラハム選手は分からないが、ウガンダのスティーブン・キプロティチ選手は帰化選手などではなく、エルゴン山のあるカプチョルワ県出身の、正真正銘のウガンダ人選手とのこと。

◆ ◆ ◆


日本人目線で見たら、ケニヤもウガンダも“同じようなもん”かもしれないが、ウガンダから見ればケニヤは大国だ。陸上競技だって、ケニヤやエチオピアみたいに強化すれば、本当はもっとずっと強いに違いないのに、現状は個々人の努力にだけ寄りかかっている状態だ。キプロティチ選手は、スパートをかけた37キロあたりまで、ずっとケニヤ人選手2人と並走していたが、2人が揺さぶりをかけている感じが画面からも伝わってきて、実際35キロ過ぎから徐々に離され始めた時は、何とも居た堪れない気分になった。

「気の優しい」ウガンダ人1人と、「プライドが高く」実績も抜群のケニヤ人2人じゃ、どうにも分が悪い。ここに暮らす実感としてつくづくそう思った――だからこそ。(BBCは油断してこのレース最大の山場を中継し損なったが、)離されかかった数十メートルをあっという間に追いつき、鮮やかに置き去りにしたシーンはたまらなく痛快だった。本当なら、もっと多くのウガンダ人に、このシーンを見て欲しかった。


◆ ◆ ◆


沿道にお国からの応援もなく(ケニヤ国旗はパラパラと見えていたか。日の丸は多過ぎるくらいよく目立ってた)、状況を伝えてくれるコーチもいないのか何度も何度も後ろを振り返って気にする様子に、思わず、いじらしいなあ、と。ウガンダ人の気の優しさが出て、コケたりしませんように、と祈りながら見守ったフィニッシュだった。

ウガンダはミュンヘン五輪以来、40年ぶり2個目の金メダル獲得だそうだ。毎日量産されるメダルを見るのも楽しいが、ウガンダ人が一生に一度目撃できるかどうかの金メダルをウガンダで観たことは、間違いなく印象に残る出来事だった。

2012年8月8日水曜日

たとえていうなら

運転手のアイバン君から、オリンピックで見たことないスポーツをやってたんだけど、と質問された。曰く、「あの長い棒を持って、選手がエボラみたいな格好してるの、何ですか?」となむ。

…フェンシング(笑!!
ちょっと不謹慎だけど、時節柄をよく捉えた質問で笑ってしまった。
(エボラの格好、とは、防護服のことですね。宇宙飛行士のような。)


そんなアイバン君の、今日の靴下。
思わず、写真撮ってもいい?と頼んでしまった(笑

オイシ過ぎるよ、あんた。
柄じゃないよー、厚手であったかいからだよー、と盛んに強調していたが。

2012年8月4日土曜日

ミーハーの季節

中学の頃から、オリンピックのミーハー・ウォッチャーである(最初にひと通り観戦したのはバルセロナ五輪だった)。一年の大半を海外で過ごすようになって今年で6年目になるが、今まで不思議とオリンピックの時期は日本にいた。初めて海外で観るオリンピックは、自宅に入っている南アの衛星放送の番組表とにらめっこの毎日だ。

以下、ミーハー丸出しのどうでもよい観戦所感。
(8月5日ちょこっと追記)

【LIVE中継のチョイス】
アフリカではお馴染みのDSTVという南ア衛星放送。開会式・閉会式やサッカー、水泳、陸上、といったメジャーどころは、とりあえずほぼもれなくLIVE中継してくれるので助かっている(サッカーは女子もほぼすべてLIVEだ)。体操もLIVEだった。が、その他のLIVE中継種目が面白くて、ボート、カヌー、自転車、ウェイトリフティング、ボクシング、フェンシング、アーチェリーといった、日本じゃ地上波ではまず観られない競技が目白押しである。南アで人気のスポーツなのだろうか。

逆に、日本では絶対に全試合中継される柔道が、こちらではやはりマイナー競技扱いで、深夜早朝に録画放送があるだけだった。YouTubeの公式サイトでも準決勝以上しか観られないし、ちょっと残念に思っていたが、結果的には、観たくなるような日が少なかった、というオチだった。

もっとも、「男子柔道金メダルゼロ」というのは確かにビッグニュースだったが、実際に惨敗したのはもむしろ女子の方ではなかったか。男子は下手したら「メダルゼロ」もあるんじゃ?という中で、四階級もメダルを確保できたのだから(銀2銅2)、監督は辞任どころか賞賛されるべきだと思うのだが、どうだろう?逆に、世界チャンピオンを何人も抱えながら金メダルが1個しかなかった(銀と銅は各1)監督の方こそ進退を問われなきゃ、フェアじゃないと思う。

【面白実況中継】
実況は、BBCのをそのまま使っているようだ。日本人選手に焦点を合わせた日本語の実況中継の方が、観ていてより盛り上がるのは間違いない。が、日本人選手の活躍を伝える外国人アナウンサーのコメントも、それなりに面白くて印象に残る。
<有名人>
開会式から前半戦を通じて、BBC中継陣からも『スーパーヒーロー』待遇だったのが、競泳の北島選手と体操の内村選手だった。北島選手はフェルプス選手と同等の扱われ方で、(日本では勿論、超・有名人だけれど、そうは言っても何種目も連覇してきているフェルプス選手に比べたら2種目だけ、とも言えるので)ちょっと驚いた。
北島選手は100mの準決勝で危うく脱落しそうになったが、第2組の実況中、アナウンサーも解説者も、目の前で泳いでいる選手たちをそっちのけで「これはマズイ!キタジマが落ちるかもしれません。大変なことになるかもしれません。第1組で泳いだキタジマのタイムは○秒でした!…」と、ずっと「キタジマ、キタジマ」と連呼していた。負けてなおカリスマ健在ですね。

さらに最終種目となった400mメドレーリレーは、北島選手とフェルプス選手の“五輪引退”レースということで、BBCも情感のこもった実況中継だった。「キタジマとハンセン」、「フェルプスとマツダ」のライバル物語や彼らが個人的にも親しい間柄であることも紹介しながら、『この世代を引っ張った偉大なスイマーたちの五輪最後のレース』として2人の名前を交互に呼んでいた。

そんなBBCの、表彰式でのコメント。

実況アナ:
KITAJIMA -- Great swimmer. Thank you for the great swim and great races.
解説者:
And thank you for opening a new era for breaststroke -- his technique and time--.
日本のファンが万感の思いで見つめたであろう北島選手の有終の美を、イギリス人も同じ思いで実況してくれたなと思った。



男子の体操は、内村選手が演技する時は首位に立ってなくても、当たり前のように国際映像が切り替わり、アナウンサーも解説者も「皆さん、注目してください!これが世界チャンピオンの演技です。美しいです!ゴージャスです!アメージングです!!」と大絶賛。個人総合で金メダルが確定した瞬間のコメントは、「世界のウチムラ・ファンの皆さん。彼は遂に取りました!」だった。

<実況+解説>
その競泳と体操、そしてさっき観たなでしこの準々決勝もそうだったのだが、中継陣がみなことごとく『男性の実況アナウンサー+女性の解説者』という組み合わせで興味深い。イギリスでは解説者は女性の仕事なのだろうか?(プレミアリーグは男+男だったと思うけど)

<皮肉?>
大会6日目、北島選手の連覇が消え、ここまで日本競泳陣が獲得したメダルはすべて銅。これだけ毎日毎日メダルを量産して、競泳陣の強さは際立ってるな――と日本人としては思うのだが。女子200mバタフライで星選手が競りながらも3位を勝ち取った瞬間、BBC実況アナウンサーがひと言、

Believe or not, Japan has got ANOTHER Bronze!

と言って、大爆笑。銅メダルの多さは日本でも話題になっているようだが、外国放送でもちょっとしたネタになっている。

ところで、銅メダルが多いのは「僅差の勝負を勝ち切れていないからだ」とネガティブに言う人もいるそうだが、競泳に関しては、あれだけの体格差があってよく3番になれるもんだと思うにつけ、『本来は8位入賞くらいが精一杯の選手たちが、今回は(北島選手を育てた)平井コーチという一流の指導者のもと、限界を超えるパフォーマンスを見せている』というのが正しい理解のような気がする。そこから先、つまり3番が1番になるためには、全盛期の北島選手のような強烈な才能がプラスアルファで必要なんだろうと思われるが、そんな選手は滅多に現れない。だったら、努力をもってして手の届くぎりぎりのところにある銅メダルがこれだけ沢山獲れたということは、どう考えたってポジティブな結果だと思う。

実際、1番と2番ははるか先を行き、残りの集団に競り勝っての3位、というパターンが多かったように思う。1番とまともに競り合ったのは、入江選手の銀メダルくらいではなかったか。)

2012年8月1日水曜日

ご心配なく

エボラ出血熱の報道が出ていますが、情報収集、手洗い消毒、無用の接触回避など基本的なことを守れば予防は十分可能とのことです。街も平穏さを保っていますし、どうぞご心配なく。

2012年7月18日水曜日

信じぬ者は

家のソファに寝っ転がって本を読んでいたら、突然玄関がスーーッと開き、音もなく誰かが入って来た。「な、何すんねん!」ぎょっとして飛び起きたら、ドアは閉まっている。鍵もかかってた。

寝ぼけていたわけではないので、結局は見間違えなんでしょうけど。普段からユーレイなどその手のものの存在は1ミリも信じていないので、かえって慌てました。リアルに危害を加えてくる泥棒の方が、間違いなく怖いと思う。

2012年7月16日月曜日

東海岸見学ツアー(4)

ボストン3日目、午後のセッションを予定どおり終え、空港へ。出発2時間半前にチェックインし、時間読み完璧♪と自己満足に浸っていたところで、まさかの5時間ディレイ…今回の旅は全部で6フライトあったので、1つや2つくらい、遅れたり外れの席に当ったりするだろうなとは思っていたが、5時間って――が、翌日は朝7時半からTOEFLを受験予定だったので、どんなに遅くなっても今日中にDCへ飛ばねばならない。諦めてiPadでテトリスをして時間を潰した。ワンゲームで1時間くらい潰せるので、暇つぶしにはもってこいだ。黙々と続けていたら、いつの間にか最高点を更新してた(笑

◆ ◆ ◆

結局、元々午後6時発の予定だったのが、搭乗開始午後11時、滑走路に向かう途中でもいったんゲートに引き返し、離陸できたのは11時半頃だった。こんな深夜にもかかわらず、DCの空港では親戚一家が待っていてくれた。心から感謝。翌朝も試験会場まで送り届けてもらい、おかげさまで寝不足なりにそれなりの点数をだすことが出来た。感謝してもしきれない。

◆ ◆ ◆

そのTOEFL試験会場にて、受付を済ませた後、入室するまでのわずかな時間にウトウトしてしまい、自分の名前が呼ばれたことに全く気付かなかった。ちょっとたって(――と思って、時計を見たら30分くらいたっていた!)、ポンポンと誰かに肩をたたかれ「あなた、名前は?」となむ。名乗ると、とっくの昔に呼ばれてたらしい。気付いてくれた試験官に感謝…危なかった。

◆ ◆ ◆

ホテル泊りが続いていたこともあり、親戚宅では思いの外リラックスさせてもらった。普段、なかなか会える距離ではないし、久しぶりの再会だったで、ともかく沢山しゃべった。話す中での気付きも沢山あったが、プライベートゆえ割愛。ただ、会話のスピードに初めてついていけたと思った。普段から英語を使う環境にあるといっても、どちらかと言うとカタカナ発音の方が通じやすく、皆ゆっくりしゃべるような所ばかり渡り歩いているので、意外とそんなことが嬉しかったりするのです。

2012年7月6日金曜日

東海岸見学ツアー(3)



ボストン2日目は、蒸し暑い日だった。



元々予定していなかったが、
予告先発を見て急きょ観戦決定。

ボストン現代美術館から、歩いてフェンウェイ・スタジアムへ。




内野スタンドに上がって、思わず
「なんだコレ――!!」とつぶやいた。



ち、近い…
グランドに降りているお客さんもいるし。
選手と談笑している人まである。
色んな意味で、近い。





そして、この方登場。



久しぶりに観る、背番号18

ライオンズデビューの年に、一度だけ観戦したことがある。
当時は、ミットに響く音が普通じゃなく、驚いたものだけれど。




アフリカ以外にも、頭にのせる民族発見。



ビール日和とは、まさにこのこと。




いよいよ試合開始。



最近、立ち上がりが悪い試合が続いていたので、
観てる方も緊張する。



投げる時の踏み出しの幅が随分狭い気がする。
立って投げてるみたい。



と、思ってたら、やっぱり初回から打たれた。



バックネット後方、ちょい三塁側寄りだったので
セットポジションの方が、顔はよく見えたけれど。



何とか初回3失点で、試合を壊さずに済んだ後は、
しばらく三者凡退のいいピッチングが続きました。




スタジアムの雰囲気は独特だった。



鳴り物がなく、全体にざわざわしているが、
一球一球へのお客さんの反応が鋭い。




復帰後のベストピッチかな、と思ったが
残念ながら6回途中でKO



あ、そう言えば監督はボビーでしたね(背番号25)





2012年7月2日月曜日

東海岸見学ツアー(2)



アムトラックでボストンへ。







30年ほど前、1年間だけだが
この辺りに住んでいた。











市民の足、ちんちん電車に乗って
日本食を食べに行った。








舌鼓を打ちながら、翌日の計画を立てる。
明日のレッドソックスの予告先発は松坂だ。




東海岸見学ツアー(1)



意外と忙しかった米国滞在から
ウガンダへ戻って数日。時差ボケが治らない。




NYの宿は、噂には聞いていたが
本当に狭くて高かった。

50mmだと部屋の全景も撮れないくらい狭いのに、
実はこれでもダブルの部屋で、お値段は1泊100USDを越す。
(それでも平均よりはずっと安い。)






4泊5日のNY滞在中、フリーの時間は2時間程度だった。
色んな観光スポットがある中で、つい、こういうチョイスになる。




ウォール街。
右のドでかい星条旗が、ニューヨーク証券取引所。





グラウンド・ゼロ。
また高いビルを建てている。



20世紀と21世紀が始まったところ。




ニューヨークは古い街だけあって、建物も重厚な20世紀初頭の雰囲気を残したものが案外と多く、歴史好きとしては期せずして結構楽しめた。まあ、目では楽しめても、それって取りも直さずボロい建物ばっかり、ということでもあるから、住むとなったらまた色んな苦労があるのだろうが。

今回、11日間の米国滞在で、見学や試験も含め、全部でアポが10件あった。アポは普段、1日平均約2-3件だから、十分余裕をもってこなせると思っていた。が、しかし――いつもと違って、自分で移動手段を確保しなきゃいけない点を過小評価していた。何でもないことのようだが、どこへ行くときもいちいちグーグルマップを開き、最寄り駅を探し、路線を確認し、地下鉄の乗り方を確認し、それでも多少は迷ってうろうろし――を繰り返し、気付けば足の裏にはマメができていた…(←普段クルマに乗ってばかりで歩いていないせいもある)

米国人の間でも好き嫌いが分かれる街のようだったが、ゴチャッとした大都会独特の混沌とした雰囲気に、私はそれほどストレスを感じなかった。

2012年6月16日土曜日

いざNY

先進国への海外旅行は緊張する。スピード感についていけるかどうか、という潜在的な不安に駆られるんでしょう、多分(――日本ならもちろん、ついていけるけど)今回は学校見学&関係者との面会が主な目的なので、観光旅行とはまた違った緊張感がある。ま、多少は空き時間もあるので、カメラはGXRを連れてきた(移動が多く荷物を最小限にしたかったので、サブのGRD3はお留守番)。

ウガンダ出発直前の今はまだ、「迷子にならずにホテルまで辿り着くには」などと(今考えてもしょうがないことを)考え、無駄にアドレナリンが出ている状態だが、ロングフライトゆえ、途中でだんだん「何でもいいから早く着いてくれ…」となって、出発から20時間を越す頃には疲労とともに緊張や不安も消えて行くのが、いつものパターンだ。

Safe Journey!

2012年6月11日月曜日

お問い合わせは

今週金曜から10日間ほど休暇に。先週水曜の夜、Eチケットの確認をしようとエアラインのWebサイトにアクセスしたところ、

『あなたの予約番号にはフライト情報がありません


と出てきて久しぶりに大いに焦った。予約したのが1ヶ月以上前で、予約確認メールをどこに保存したかも思い出せない。今回の休暇は移動が多く、色々なアポも立て込んでおり、あれこれ結構な時間をかけて手配したのだが、そもそもこのフライトが無くなっちゃったら、オールキャンセルじゃん…

変な汗をかきながら、念のためログオフ/ログインを3回くらい繰り返したけどダメ。メールもやっぱり見付からない。これはカスタマーコールに電話するしかない、と思ったわけだが、はて、ここで不思議なことに気が付いた。

Webサイトに、各地の支店の番号は載っているが、24時間いつでもかけられる番号というのが出ていない。このエアラインは世界中を飛んでるし、実際5年前にこのエアラインのコールセンターに電話をかけた記憶がある。現地支店はとっくに閉まっている時間だったので、何としても24時間のカスタマーサービスを見つける必要があったのだが、どうしても見付からなかった。

と、しばらくして「まさか、コレ…?!」という一文を発見した。曰く、『1時間以内に返事がほしい人は、ツイッターかフェイスブックでお問い合わせしてねん』となむ。思わず声に出して「は~~~っ??」と言ってしまった。先日SNSは嫌いだ、と書いたばかりだというに、まさかこんな形でデビューすることになろうとは(笑

しぶしぶツイッターのアカウントを作り、「ツイッター やり方」とか「ツイッター DMとは」とかいちいちググって、「予約番号はあるのにフライト情報が出て来ません。助けて」という一文を送るのに、実に1時間以上かかってしまったのでした。だいたい、エアラインからの指示が「個人情報はDMで送ってね」だけってどうよ?DMがダイレクトメッセージの略だってことは調べりゃすぐ分かるけど、フォロワーにしか送れないDMを、どうやってフォロワーじゃないエアラインに送れというのか――を、調べるのに相当手間取った。結局、別に特別な方法などなく、最初に個人情報抜きのツイートをして、エアラインが自分をフォローしてくれるのを待てばよかったのだが…「DMはフォロワーにしか送れないから、DMを送りたい場合は最初に当方へその旨ひと言下さいな」くらい書きなさいよ、K○M。

しかし、24時間受付のカスタマーサービスがツイッターとフェースブックだけって、ユニークではあるが、サービスの質としてはどうなんかなあ。この2つを知らない人を排除しているようで、個人的にはあまりいい印象を持てないのだが。もっとも、このエアラインには以前から排他的な印象を持っていたから、今回はその印象が強まった、ってだけだけれど。念のため、ツイッターのアカウントを消すのは今回の旅が終わってからにする。


◆ ◆ ◆


あ、肝心の予約ステータスは、向こうのミスでEチケットを発行し忘れていただけだったので、直ちに発行してもらい事なきを得ました。

2012年6月3日日曜日

引っ越した

ハウステンボスみたい、と言われたアパートから、あそこだけは住みたくない、と言う人も多いオンボロアパートに引っ越してきた。もっとも、車がなくても生活できそうなくらいロケーションはよく、何だかんだで日本人入居者も少なくない。何とかなるだろう。


本当は別のアパートに入るつもりだったのだが、契約の段になって勝手に部屋を変えられたのと、受けられるはずの免税措置を取ってくれないことが分かったのとで、私の側にそこへ引っ越すメリットが無くなってしまった。だって、その条件じゃ、部屋はせまくなる、セキュリティーは低くなる、家賃は上がる、大家は信用できない――ということになってしまう。勝手に変えられた先の部屋は、1階玄関入ってすぐの部屋で、テラスから素人でも侵入できそうな構造のうえ、鉄格子なども付いておらず、見た瞬間に却下だった。1階ってのは湿気も多いし、何かと不都合なケースが多い。


困ったのは、この大家の裏切りが判明したのが、前のアパート退居予定日の1週間前だったこと。石油の商業生産を目前に控え、カンパラの外国人向けアパート市場は今、圧倒的な売り手市場なのだ。1週間では入居可能なアパートを見つけるのが精一杯で、とてもじゃないが、住みたい部屋探しは出来なかった。しかし、家賃節約、仕事のタイミング、今年は勉強第一(その他のプライオリティは下げてもいい)――という現在自分が置かれた状況を考えれば、オンボロでも予定通り引っ越そう、という結論になったのだった。


案の定、朝からずっと不具合の連続で、やっぱり…と思っていますが(笑

2012年5月29日火曜日

その1

将来に向けた試験、その1。例によって、試験を受けるのは私なのに、緊張しているのは断然、運転手アイバン君の方である(笑 試験会場へ行くのに、いきなりいつもと違う道を通るからどうしたのかと思ったら、

あ…道、間違えちゃった


となむ。

ちょっと、アンタ、落ち着きなさいよー

と励ます私。

試験中に行ってもらったお使いも、頼んだよりだいぶ多く買って来ちゃったのでした。

試験は、開始が1時間以上遅れ(やっぱり…)、思った以上に点数が出ずビックリしたが、弱点がわりとはっきり分かったので、がっかりせずに対策を練りたい。
しかし4時間もパソコン画面を見つめ続けるってのは、予想はしていたが疲れる。次回は目薬でも持って行こうかな。

2012年5月21日月曜日

がんこ

頑固は往々にして損かもしれないが、馴染めない、というか馴染むのを拒否してきたものがある。昔プリクラ、今SNS。共通するのは「なわばり意識」だと思っている。

◆ ◆ ◆

高校の歴史の先生が定年退職のスピーチで言っていた。一概に昔より今の方がいいとは言えないが、ひとつだけ間違いなく良くなったと思えることがある。それは時代が二者択一ではなくなったことだ、と。軍国少女か非国民か(先生はご自身が“軍国少女”であったとよく話題にしていた)、とか、東か西か、とか――そういう時代が終わった今は、多様性の時代だと。

10年以上たって、「私もそう思う」「私はそう思わない」やら「いいね」やら、ワンクリックで意見表明したつもりになれるネット上の機能には強い違和感を覚える。中には「そう思う」人を集めることを意識した書き方をしたコメントも少なくなく、苦笑いではなく戦慄を覚える。

◆ ◆ ◆

頑迷なのは世間なのか、わたしなのか。やっぱり私だろうかね(笑

2012年5月14日月曜日

思いどおりには

カンパラでTOEFLが受けられなくなってしまった。正確には、以前は毎月2回程度、複数会場で受験できたのが、今年はなぜか8月に1回しか開催されないらしい。遠征を組むしかなさそうだ。その後、GMATの試験が6月5日に新しくなるらしいことにも気付いた…道理で5月中の予約が不自然に多かったわけだ。まあ、なるようになれ、である。

◆ ◆ ◆


先日、故障かと思ったら壊れていなかったノートPCだが、やっぱり寿命は近いらしい。ハードディスクが回る音だと思うが、ジジジーーーーーーーーッというカセットテープが巻き込まれるような異音をあげるようになった。一度鳴るとなかなか止まらないのだが、音の鳴っている辺りを叩くと止まることもあるため、とりあえず叩くようにしている。が、次回帰国時かウガンダ離任時には買い替えやむなしの形勢だ。

◆ ◆ ◆


何かと金を無心してくるアパートのインド人マネージャーが、今度は先日離任した同僚の電気料金が未払いだからオマエが払え、と言い出した。もちろん拒否、ついでに私も引越すからと言ってやった。ほぼ毎月何かしらの言い掛かりをつけてくるため、一時はコイツ私に気があるのか?とさえ疑ったものだが、いい加減ケンカや説教にも疲れ切ったので、仕事量が一時的に落ち着くタイミングで引越決定。ちなみに、彼はこれでこの半年のうちに4人の日本人入居者を失った。ざまあ。

Team × Drink

金曜、土曜とけっこう飲んでしんどい。しかし昨日は職場同僚たちを自宅アパートに招くことが出来、念願叶って嬉しかった。

普段どんなにお世話になっていても、日本人は日本人としかつるもうとしないことの方が圧倒的に多い。しかしこの1年は、“チーム”で動くことが増え、自分の仕事もチームなしには成り立たなくなっていることを日々痛感していたので、何とか“チーム飲み”がしたいと思っていた。

多忙を極める我らがチームであるが、やっと持てた機会に、たぶん皆エンジョイして帰ってくれたと思う。

2012年5月9日水曜日

あなたの国

私の国では皆、長時間の残業を強いられています。

私の国では今、若年層の雇用確保が問題になっています。


――と、説明しながら、じゃ残業やめて、カバーしきれない仕事を別の人雇ってやらせればいいじゃん、と矛盾に気づく。これには一文足さなきゃいけなくて、


私の国ではフツウ、残業代はかなりの時間がタダなんです。
(だから別の人雇うよりゼッタイに安上がりです)

世界の行くところに行けば、日本もまだまだ「憧れの先進国」だ。どうしたら日本のようになれる?と聞かれることだって少なくないが、経済社会事情や労働事情を説明するうちに、それで人々はHappyなのか、という当然の質問が出る。

私の国では毎年、3万人以上が自殺します。
(今日のニュースには、就活失敗を苦に命を絶つ若者が増えているとあった)

硬直した社会、伸びしろのない社会、若者が生きにくい社会。打破するには社会の流動性を取り戻すしかないと思うし、そのためには正社員絶対社会をぶっ壊すしかないと思う。有能な者が上に吸い上げられていく社会でないと、国の競争力は落ちるばかりだ。こうした社会変革は、自前で稼ぎもしないのに地位が保全されている人たちには絶対に出来ないことだ。大部分において、地位に守られない競争が無能の証明となる可能性が高く、変革で真っ先に切り捨てられるべきは彼らだからだ。

変革は政治主導でしか起こり得ない(歴史を見れば「戦争」というのもあるかもしれないが、あくまでトリガーでしかない。と思いたい。)。しかし、その政治に希望が見出せないとすれば、失われた10年はやがて失われた世紀になってしまうだろう。

2012年5月8日火曜日

引越宣言

2年前、カンパラで家探しをした時、このアパートはひと目で気にいった。立地、セキュリティ、価格の3つがこれほどバランス取れているアパートというのは、今でもそうそう見かけない。

が。

結局のところ、いつだってどこだって、最大のストレスは人間から来るものなのかもしれない。滞在期間は1年を切っているが、断固として今月中に引っ越したいと思う。

2012年5月1日火曜日

故障かと思った

ノートパソコンが突然、クリックに反応しなくなった。購入してからもうすぐ4年なので、寿命がきたのかと思ったが。実際に壊れていたのはマウスの方だった。カーソルは動くのに、右クリックで表示した画面が消えず、左クリックはうんともすんとも言わない。パソコンが壊れてなくてよかった。

さて、マンチェスター・ダービーを観ようかな。

60

どうも多い気がして数えてみたら、この2ヶ月で出張が6回、外部との会合は60回もあった。いくら現場に行くのが楽しくても、ルーティンはオフィスワークが主なわけだから、やっぱり負荷は感じた。穴埋めにどうしても休日出勤が必要だったし。

たぶんこれで出張ラッシュもひと段落、の今日。ここのところ出来ていなかったことに精を出す。明日はメーデーで休日だ。

2012年4月26日木曜日

球技観戦

欧州チャンピオンズリーグも大詰め。昨日勝った監督代理は、灰皿で殴られた歌舞伎俳優に似てる気がするのだが、どうだろう。

開幕17試合でたったの5勝、うち3勝が同じ投手という我がライオンズ。オールドファンは負けるのに慣れていないんだから、そろそろ勘弁してほしい。

2012年4月19日木曜日

お弁当

ちょっとした手違いがあり、手作り弁当をいただけたお昼ご飯。ひと口めは、ほとんどホームシックだった。

食べ物って本当にホームシックのきっかけになる。以前、母のレシピで鶏の唐揚げを作り、ひと口食べた瞬間「しまった!」(ホームシックになった)と思ったことがあり、以来無意識に家の味を思い出しそうなものは避けるようになった。今日の場合は、味はもちろん家とは違ったが、手作りの心が乗ったご飯が琴線に触れたのだと思う。忙しいのもあと少し、頑張れ。

2012年4月15日日曜日

お腹すいた

買い物袋を職場に忘れてきた。明日も出るから取りに戻るのは面倒だ…テンション下がる休日出勤帰り。

2012年4月13日金曜日

ラテン系・・・?

TVで映画『Memory of Anne Frank』(邦題:アンネの追憶)を半分だけ観た。途中で観ていられなくなり断念。調べたら元々イタリアのTVドラマだったらしく、少しは納得できたが――登場人物がみんな英語で話し(まあ、これはよくあることとしても)、収容所のアンネの血色が良過ぎ、物語の流れもダイジェストを見ているような浅さと軽さがあって――さすがに“失礼”という言葉が思い浮かんでしまった。

日本ではちょうど今月から公開なんだそうだ。

収容所のアンネは血色がよく頬がふっくらしているだけでなく、ボーイッシュなショートカットになっていた。収容所の中では男女とも丸刈りではなかったか。また、親友と再会する場面に母親が出てくるのも史実と違うはずだ。大河ドラマじゃないんだから、特にこういう重いテーマを扱う場合には勝手に色々と変えるもんじゃないと思う。少なくとも、歴史上の事実に真摯に向き合った形跡くらいは見せないと。

2012年4月12日木曜日

他人

鶏肉のかわりにソーセージ、醤油のかわりにソース、だしの素のかわりにマギーを使って、他人丼を創作。結果は――“他人”のままだったかなあ(笑

2012年4月10日火曜日

タブレット雑誌

タブレットで雑誌を購入してみた(実は初めて)。この雑誌が特に、なのかもしれないが、写真がむちゃくちゃ綺麗なのと、紙媒体では表現できない3Dコーナーがいくつもあって、それなりにお得感を味わえた。

2012年4月8日日曜日

世紀

来週の日曜日はタイタニック号沈没100周年なんだそうで、俄かに関連の特番が増えている。長く人々の記憶にとどまる事件、事故というのは他にいくつもあると思うが、欧米の人たちのタイタニックへの執着というのは、悲しみよりも熱狂に近いように見える、一種不思議な現象だと思う。

◆ ◆ ◆

つい数日前、大西洋の水底に眠るタイタニック号がユネスコの文化遺産として登録されたというニュースがあった。曰く、遺品はオークションなどで高値で取引されるため、今でも“遺品荒らし”が絶えず、保護が必要なのだそう。一度に多くの命が奪われた現場に転がっている物に、どうしてそんなにも魅力があるのか。例えば、911のグランドゼロや御巣鷹山で同じ現象が起きるかと言ったら、まずあり得ないことかと思う。日本人的感覚で言えば、慰霊やお祓いの対象にこそなれ、それを金銭取引のネタにするなんて「不謹慎」とか「死者に失礼」といったところだろう。

では、なぜ、沈没船を見つけてガッツポーズする博士がいたり、長年に渡って探索を続ける映画監督がいたりするのだろうか。想像するに、タイタニックは一義的には人々の憧れの対象であり、悲劇はそれを引き立たせるスパイス的な役割を果たしたということではないかと思う(もちろん、1,500名以上の死者が「スパイス」だなんて個人的には理解しかねる感覚だが)。

事故が起きた1912年は、時系列上は20世紀だが、世界大戦が起きる直前であり、歴史上の区切りとしては「19世紀の最後の数年間」に分類すべきタイミングかと思う。まだ貴族が華々しき頃の瀟洒の粋を結集したような豪華客船のつくりが、20世紀生まれの者の目にはリアルな時代絵巻を見るような感覚を与え、同時に(特にヨーロッパ世界にとっては)世界大戦、世界恐慌と「転げ落ちて行く」時代の前の、“古き良き”時代への思慕をもかき立てるのか。

非欧米人の視点からすると、沈みゆく船が欧州没落と重なって見えなくもなく、そういう意味でタイタニック号の事故は時代を象徴するような出来事だったと思えたりするのだが。今日なお続くタイタニック号への執着ぶりを見るにつけ、欧米の人々にとってのタイタニックはどうやら、「夢」とか「憧れ」、「誇り」といったポジティブな感情から来る好奇心を惹き起こす存在のようだ。

2012年4月6日金曜日

桜の時期を逃して早6年目。最後に見たのは、訓練所にいた時だ――あれからもう6年もたったのか。初日、北上する新幹線から見た日本晴れの富士と桜は今でもよく覚えている。

早起き

何もないのにアドレナリンが出て目が覚めてしまった、午前5時半。興奮するような夢でも見てたのかな?

2012年4月5日木曜日

空腹

お腹がすき過ぎると、眠るのさえ難しくなる。睡眠にも体力が必要なのかな。

2012年4月4日水曜日

夢でも

繁忙期はいつもより30分とか1時間、早く出る日も出てくる。早起きが苦手ゆえ、ギリギリにばたばたと下りて行くのが常なわけだが。そんな余裕のなさが伝わったのか、いつもは都合のいい夢ばかり見る運転手のアイバン君が、最近見た夢とは――

僕とマダムが一緒に飛行機に乗ってたんだけどねー、ディレイしてなかなか出発しないの。そしたらマダムが「ミーティングに遅れる」って言いだしてね、「もうこの飛行機じゃ間に合わない!降りる!!」って言うから、僕は途方にくれました。

…となむ(笑 飛行機降りて、どんな方法で行くつもりだったのでしょうか、私。

2012年4月3日火曜日

今週末は

2年連続どこにも行けないイースター。位置づけ的には5月の連休のかわりみたいなもんなんだが。せめて朝はゆっくり起きよう。

2012年4月2日月曜日

週末映画

わが家の衛星TVには映画チャンネルもいくつかあるが、予算が足りないのか聞いたことあるような有名作品は滅多にやってない。かと言って選りすぐりの掘り出しものを並べているわけでもなく、普段はまずチャンネルを合わせることもないのだが。

出張続きで疲れ果てた土曜の夕方、今日は何もしない日と決め込んでTVの前に陣取り、欧州サッカーもいい加減見飽きてきたところで久々に映画チャンネルに合わせてみた。


以下、読書ではないが、いつもの勝手な感想文。

『The Interpreter』 (2005年、米)

チャンネルを合わせたらやってる途中で、多分3分の1くらいから観たんだと思う。若い金髪のお姉さんが何となーく見覚えがある気がして調べたら、二コール・キッドマンでびっくりした。こんなに若かったっけ?外見20代でも通用する40代。恐るべし。

主人公が国連の通訳という設定だったのでつい観てしまったが、中途半端に国連の宣伝、アフリカの紛争、サスペンス、恋愛が混ざり合っていて、ハリウッドらしい、浅薄などっちつかずの映画だった。国連本部内での撮影が許可された初めての映画、というのが売りなだけあって、ズッコケたくなるよな国連礼賛のセリフが散りばめられており(おそらくそれを条件に許可したのだと思われ)、感情移入どころかチャンネルを回したくなる衝動を抑えるのが大変難しかった。

最初に興味をそそった通訳シーンはちらっと出てきただけだったが、同時通訳のヘッドホンを耳に当ててする会議ってのはワケもなくわくわく(うきうき?)して好きだ。今まで一度だけそんな会議に出席するチャンスがあったが、自分の拙い英語が瞬時に仏語に訳されていくのを聞いて何だか光栄な気分になったものだった。



『King's Speech』 (2010年、英)

こちらはオスカー受賞作だから何となく聞き覚えがあり、時間になったらチャンネルを合わせ最初から観た。相変わらず、歴史ものが好きだ。チャーチルやネヴィル・チェンバレンが出てきてはニヤっとしたり(格好からしゃべり方まで、ほとんどモノマネの世界)、にわか英国ロイヤルファミリー・ウォッチャー気分を味わったり(主人公の長女が現女王)。

わが方にもロイヤルファミリーは存在するが、“元・神様”のそれと英国王室とではつくづくノリが違うな、と思う。英国王室はスキャンダルもあけっぴろげで、どちらかというと「大奥」のノリではないかと思う。好きな人と結婚できないなら王様辞めます、てな理屈が通ってしまうあたり(エドワード8世)、「王である前にひとりの人間」とうい前提が、本人たちだけでなく、広く人々にも一応受け入れられていることがうかがえる。

仮に、万が一、わが方でこんなことがあったとしたら、少なくとも表向き別の理由を作るくらいのことはして、できれば揉み消したいといったところだろうか。また、わが方のロイヤルファミリーが映画やドラマになることもまず考えられない。大昔の話でさえ、たとえば大河ドラマでエンペラーが登場することはあっても、その私生活を描くことなどほぼ無いのだから。隠すことで有難みを醸成しようとするあたり、いかにも日本人らしい発想だと思うのだが、どうだろうか。元・神様もタイヘンである。

と、映画の本筋には必ずしも沿う形で感想を持ったわけではなかったが、この時代、この王様を主人公に映画を作ったところに絶妙だなあと感心してしまった。20世紀は大きな戦争が2度もあったので、どうしてもその間の期間というのは「オマケ」のような扱いになってしまいがちである。もちろん、イギリスの人たちにとっては身近な歴史なんだろうとは思うが、日本人の私には、エドワード8世だってジョージ6世だって、世界史を習ったときに一応暗記しているはずだが、せいぜい名前とスグ辞めた(在位期間が短かった)ことくらいしか覚えていない。「王冠をかけた恋」も、言われればそんなのもあったっけね、ってな程度だろう。

しかし、ストーリーの中で歴史的背景の説明はほとんどなされないにもかかわらず(歴代首相のそっくりさん登場と、ヒトラーの演説風景が挟まれてるくらい)、吃音症に追いつめられる主人公の苦悩ぶりが、否応なく転げ落ちて行く時代の雰囲気をよく映しており、最後の演説シーン――対独宣戦布告を国民に告げる重要な演説――がきちんと盛り上がる仕掛けになっていた。後から調べたら、ジョージ6世とエリザベス妃は大戦中の士気高揚にずい分と貢献し、国民からの人気も高かったそうだ。そこまでは描かれていないが、吃音症を克服する王様の姿と、本土侵攻まであと一歩のところまで追いつめられながら跳ね返した自国の歴史とを重ね合わせて見ているのがよく伝わってきた。

2012年3月29日木曜日

東奔西走

明日は東の方へ。

2012年3月28日水曜日

増?減?

ここ2ヶ月ほど、実感では絶対太ったと思うのに、おそるおそる測った体重は減っていた。出た!ストレスダイエット――それにしても、どの部位が減っているというのか。体の中に空洞でもできたかな。

2012年3月27日火曜日

3rd and last

2010年の、確か3月23か24日に来たと思う。3年目に入ったわけだな。

2012年3月25日日曜日

ボーダー



南スーダン国境。
橋の向こうは世界で一番新しい国だ。






北上するトラックは、ケニアナンバーが多かった。
モンバサからはるばる来たのだろうか。






土ぼこり舞う中にも、人の活気。






2012年3月22日木曜日

UP and DOWN

先々週のキガリに続き、今日から北部へ出張。来週も出張が入っている。文字通り縦横に走り回っている3月。

たったの3

津波で2万2千人が亡くなった明治三陸沖地震は、震度たったの3だったそうだ。反則に近いと思う。

2012年3月20日火曜日

南十字

赤道ほぼ直下に住んでもうすぐ2年になるが、ずっと南十字星がどれだか分からなかった。そこへ、iPadのアプリにGPSを利用してかざした方向に現在見えるはずの星座を表示してくれるってなのがあり。どうも、うちのキッチン裏から右手方向に見えるらしい、ということが分かった。

それからしばらく忘れていたが、昨日、はじめて認識できた。ご近所さんは寝静まり返っていたが、ひとりで「おお~!」とはしゃぐ深夜24時。

2012年3月19日月曜日

ルワンダのお約束



あ、忘れてた!




東アフリカは、
全体的にビールが美味しいと思う。

ルワンダも、ドイツやベルギーの植民地だった。
両方ともキレ系の爽やか味だったと思う。

ジャンボチキンカツ

学生の頃、男子がよく通っていた定食屋に、ジャンボチキンカツを売りにした有名店があった。私にとっては軽く3食分くらいあったので、たぶん1、2回しか行ったことないと思うけど。そして、ジャンボチキンカツは注文しなかったかなとも思うけど。

ストレスのせいか、昨日急にその店のジャンボチキンカツが思い出され、無性に食べたくなってしまった。


そんなわけで、フライパンいっぱいの
チキンカツを作ってみた。



油が吹きこぼれそうになるは、
はねて火傷するわで大わらわであったが。
このビジュアルに満足。

でもやっぱり2,3回に分けていただく。とても入りません!

なんか街中で蛾が大量発生している模様。わが家にも、私の執拗な迫害をくぐり抜け、5-10羽が常駐モードだ。


ヒッチコックの鳥さながら。

急に大量発生すると、疫病災害の前触れじゃなかろうね?と心配になる。
――仮に、そうでなくとも、単純に気持ち悪い。

2012年3月17日土曜日

爆走ルワンダ



カンパラと、隣国ルワンダの首都キガリを
陸路爆走して往復した。1,200キロ。




この車、左の窓が開かない。
それでも「千の丘」に夢中でシャッターを切る。








やがて谷の向こうにキガリの街。








きれいな街、とは聞いていたが。
この場合の「きれい」とは“無菌状態”のことだと思った。





丘に広がる美しい街。
ただ、昼間なのに人通りが少な過ぎる気がしてならない。

もちろん、地区にもよるんだろうけど。







道路のレベル高し。
アフリカとは思えない平らな道。






朝、みんな道路に出てきた。




どんな国に行くときも、先入観にとらわれ過ぎないように一応気を付けているつもりだ。が、今回は無理だった。出張だったのでメモリアルなどには立ち寄っていないが、立ち寄らなくても一抹の不自然さを感じることで、間もなく20年が過ぎようとしている歴史の冷たい一面に触れている気になった。これぞステレオタイプと言われても今回は甘受するしかない。人々とすれ違うたびに、彼は、彼女は、18だろうかどうだろうか?と考えてしまう。

ボッコボコの道で埃っぽくても、人に活気がある方がちゃんと息が出来ている感じがするのは、ウガンダ丸2年の贔屓目だろうか。気候は穏やかで緑の丘が重なる美しい国であるだけに、かえってそら恐ろしい不気味さを禁じ得なかった。

2012年3月4日日曜日

32

節目でも何でもないのに、大人になってからも毎年ちゃんと祝ってもらえるのは幸せなこと。海外にいて得することのひとつだろうか。無事歳を重ねられたことに、今年はいつもに増して感謝の気持ちでいる。ありがとう。



ご馳走を前に鼻のしたのばして。
昼からワイン。平和です。

2012年3月3日土曜日

親子丼をつくって食べたら一気に眠くなった金曜の夜。しかし今日のはタレの分量がよかった。今までで一番の出来だった。

2012年3月1日木曜日

On and Off

モンバサの海底ケーブルが切れたのだとかで、ここ数日ウガンダ全土でネットが不安定になっている模様。

新聞によると、モンバサ港で進入禁止水域に停泊しようとした船のアンカーがケーブルを直撃したんだそう。おかげで東アフリカ全域でネットが不安定になり大迷惑をこうむっている。この状態があと2週間くらい続く見込みだとかで、やれやれ。

2012年2月28日火曜日

はちゃ

日本語で1から10まで数えられるようになった運転手のアイバン君。でもちょっと気を抜くと、8が「ハチャ」になってしまう癖があり、思わず「かーわいー!って言わせたいのか?」と疑ってしまう(笑

2012年2月25日土曜日

花金

今週は四面楚歌な一週間だったので、何はともあれ金曜日の仕事が終わって一杯てのは格別だ。帰宅して今、しゃっくりが止まらない。

同じ頃に来たボランティアが、もうすぐ帰る。フィリピンにいた2年と、2010年からのこの2年は、余りに違い過ぎる。永遠に終わらない感じがした2年と、あっという間過ぎた2年。ちゃんと現地にいた感じがする2年と、実は先進国の殻に閉じこもっていただけなんじゃないかという2年。別にどちらがどうというわけじゃあないけれど、進化し続けないと置いてかれそうな状況だけは、変わらない。

2012年2月24日金曜日

退化

メールは一見便利そうなので広く使われたが、実は仕事を著しく非効率化させるツールだった――そう言われる日が来ると思う。

2012年2月21日火曜日

突然雨季

金曜日の夕方、土曜日の夕方、日曜日の昼間と三日連続で嵐。月曜の今日も朝から冷んやりとして、どうやら突然雨季になったみたいだ。

あんなに乾季はイヤだと言っていたのに、雨季になった途端、みんな雨にご不満のよう。 曰く、寒い、濡れるのが嫌、洗濯物が乾かない、等々(笑 雨季と乾季、どっちが好き?と聞いたら、元気よく「乾季ー!」となむ。聞いたのが間違いでした。

2012年2月20日月曜日

どこだ

来年は留学したいので、時間があればせっせと大学院リサーチにいそしむ今日この頃。しかし、案外と所在地を見てもはっきりとした場所が思い浮かばず、地名だけあらためて検索し直す始末。地理は得意な方だったのだが、今は仕事柄、合衆国50州よりアフリカ53カ国の方が正確に言えるかも(笑

2012年2月16日木曜日

雨々ふれふれ

年が明けてからはじめて雨が降った翌日。みんな口々に“Rain deceived us yesterday!(きのうの雨には騙された!)”となむ。曰く、ずっとカラッカラの天気が続いてたなか、ようやく降った待望の雨――降り始めた時は誰しもがザーーッとくるのを期待した。なのに、実際にはほんのちょびっとパラパラしてスグにやんでしまったのが、どーうにも納得できぬ、となむ(笑

日本人なら「無情にも」とか言いそうなところだが、『雨に騙される』とは面白い言い回しをするもんだ。

2012年2月15日水曜日

GIS

地図を手にすると無性にワクワクするたちだ。学生の頃、コンパスの使い方を習ったときは大興奮だった。読図が格段に面白くなったからだ。その延長線上で、GPSやGISにも以前から興味はあったものの、お値段が張ることもあり、今までなかなか手が出なかった。GPSはともかく、GISならフリーソフトがいくつもある。が、それがサクサク動くためには新しいPCが必要、とかね。

しかし、どうやら今年はGPSにもGISにも縁のありそうな予感である。GPSは「エルゴン山で遭難したら命にかかわる」というjustificationにやっと費用対効果を納得することが出来、お買上(笑 GISは仕事で触れそうだ。というわけで、一時帰国中に、こういうツールが実際どんなふうに役立つの?という素朴な疑問に答えてくれそうな実用書をいくつか買ってきた。


まずは一冊目の気楽な感想文。


◆ ◆ ◆


ちなみに、GPSとGISが何かについて素人説明すると、

GPS: 自分の現在位置をディスプレイに表示してくれるデジタル機器。Global Positioning System

GIS: 色んな情報を一度に表示できるデジタル地図。Geographical Information System

◆ ◆ ◆


『GISマーケティング:実践セミナー21例』

題名のとおり、マーケティングの作戦を立てる際にGISを使うと便利ですよ、という本。GISを使うということは、地図上に表示するということ。小学生の頃、白地図に人口密度別に色分けしてぬり絵をしたことがあったが、あれをデジタルでやればGISということになる。ぬり絵の場合、一度色を塗ってしまったらその色を消すのは難しいが、デジタルの場合、一度表示させてみて「あ、やっぱり不要だったな」と思ったらポチっとクリックして消せばいい。そうやって試行錯誤しながら、必要な情報を効率よく重ね合わせていくことができる点が、GISの強みかなと思う。

筆者のメッセージは明快だ。

「あなたのお客さんを地図に表示してみませんか?」――お客さんがどこにいるのかが分かれば、自分の店の商圏内にあとどれくらいの潜在的な需要が眠っているのかが分かり、重点的にDMやチラシを撒いたり、効率よく営業をかけたりすることができる。あるいは、新規に店を出す場合なら、なるべく多くの需要がありそうなところが自店の商圏内に入るように、場所を探すことが出来る。

そこで地図化するメリットは、たとえば、お客様カードなんかを使ってお客さんの住所だけがわかっている場合と比較すると分かりやすい。住所の羅列を見ただけでは、瞬時にそれが自店の商圏の内なのか外なのか、判断できない。一方地図であれば、お客さんひとりひとりが地図上にプロットされ、そこに自店を中心とした商圏を表わす円が重なれば、誰が見たってひと目で中か外かが分かる。

日本国内であれば(あるいは他の先進国でも似たような事情と推測するが)、データを重ねる際いわば台紙となる地形図のデータは国土地理院から入手することが出来、無料サービスで住所から即座に緯度・経度をはじき出せたり、自治体ごとの人口統計や法人の連絡先リスト(ハローページ)が入手できたりする。また、お金を出せば地域ごとの推定世帯所得といったデータも入手できる。こうなると、データの「重ね着」が得意なGISは便利なのだ。

だから私の印象に残った一文も、理由は明快だと思う。

「GISを使うにはデータが必要です」――そう、データが無いと使えないのだ。開発途上国には、信頼できるデータがほとんどない。人口をはじめ開発に必要な最低限の統計は、世銀などが定期的に数値を発表するが、そういうのも脚注までよく読むと、大部分が推計値だったりする。国全体でさえそのレベルのデータしかないのだから、県ごと、市ごと、村ごとのデータがほぼ存在しないのは想像に難くないかと思う。

最初はぼんやりと、GISが開発なり、開発途上国でのビジネスなりに役立つチャンスはないのかな、と思って本を読み始めたのだが、だんだんと「あ、このデータは無いな」「これも無いだろうな」と思うにつけ、データそのものを売りものにアフリカに進出したい企業や投資家(そして金を持ってる開発機関!)に売る方がいい商売になるのでは、と思えてきた。

2012年2月14日火曜日

観戦記

幼い頃からスポーツ観戦といえばもっぱらプロ野球とオリンピックで、サッカーを熱心に観たことはほとんどなかったが、アフリカに住むとそうもいかない。現地で人気ダントツNo.1のスポーツであるからなのは言うまでもなく、ヨーロッパと時差がない。これが大きい。主要な試合はほぼすべてLive中継され、逆に野球はMLBが深夜・早朝枠でたまーーにやってるぐらい。

週末、何気なくTVを観ていたら、あっちのチャンネルでも、こっちのチャンネルでも、日本人選手の名前が連呼されていて新鮮だった。さらに夜はアフリカ・ネーションズ・カップの決勝。ウガンダは去年、紙一重の差で本大会出場を逃したのだが、それでもアフリカNo.1を決める試合は特別なものらしい。街中でパブリック・ビューイングをしている大音量が、日曜の深夜かなり遅くまで響いていた。

ヨーロッパのチームに所属するサッカー選手にしろ、メジャーリーグの野球選手にしろ、日本人「しか」取り上げない日本語媒体の報道にはどうしようもない違和感が付きまとう。中には大して活躍もしていないのに、『○○選手の△△(チーム名)』と、まるでその選手がチームの中心選手かのような言及のし方をしている場合まである。おいおい…と、偏狭な視点と、悪びれることなく誤解を招くような言い方をするプロ根性の無さ、軽薄さに、わが目(耳)を疑ってしまう。

しかし、時として、日本人選手が確かにチームの中心にいる場合もある。それは、常に自国の選手にしかスポットライトを当てない日本語媒体の記事・番組からではなく、ちゃんとチームの全体像を見せてくれる海外の中継、報道からの方が断然ダイレクトに伝わってくるものだ。

土曜の香川選手と宮市選手は、まさにそれだった。もっとも、ここ最近キレキレの香川選手が中継で名前を連呼されるのは、当然と言えば当然のこと。実況アナウンサーも、迷いなく名前を発音している。一方、土曜の試合がプレミアリーグのデビュー戦だった宮市選手は、味方が同点ゴールをあげるあたりまではほとんど名前を呼ばれなかったが、そのあとくらいから徐々に画面上の主役となり、あの惜しいシュートを放った頃にはアナウンサーも「ミヤイッチー!ミヤイッチー!」と連呼。次々に目の覚めるような攻撃に絡み、周りの選手から急速に信頼を得ていく様子、それに重なるような実況で、よく伝わってきた。

サッカー中継の観戦と言えば、去年の女子W杯もいい思い出だ。スポーツチャンネルで全試合生中継していたため、日本戦はもちろんのこと、激戦だった反対ブロックも観戦することができた。予選では、ただでさえマイナースポーツの女子サッカーで、馴染みのない日本人名――実況アナウンサーも発音に苦労している感じだったが、ドイツに勝ったあたりから取材も充実してきたのか、正しい発音でスラスラ名前が出てくるようになった。一番変わったのは「サマシーマ」→「サメシマ」になったことだったかな。決勝の翌朝、仕事関係のウガンダ人たち(←ほとんどがいいお歳のおじさま方)から山のようにお祝いメールが届いていて嬉しかったものだ。


◆ ◆ ◆


さて、アフリカ・ネーションズ・カップの決勝である。コートジボワール vs ザンビア。 ヨーロッパのサッカーをかじる程度にでも見たことがあれば、そりゃどう転んだってコートジボワールでしょーと思うのがフツーだ。有名なドログバ選手をはじめ、プレミアリーグやフランスリーグで活躍する選手がごろごろいるからだ。対するザンビアは、1人だけスイスでプレーする選手がいるものの、あとはみんな普段アフリカでプレーしている選手たち。試合前のセレモニーで両国の選手が横一列に映し出された時、思わずハッとした。民族的(≒遺伝子的)なものもあるのかもしれないが、背が高くがっしりとしたコートジの選手たちの横に立つと、ザンビアの選手たちは小さいというより――正直、栄養不足という言葉が思い浮かんだほどだった。

コートジボワールのユニフォームがまた、オレンジのピタッとした素材で出来ていて、余計ムキムキが強調されるのよね。

しかし、ザンビア代表が強豪のセネガル、ガーナを破って決勝まで上がってきたことは、アフリカ中から、賞賛だけでなく感慨も呼び起こす出来事だった。というのも、私自身数日前まで知らなかったのだが、ザンビア代表には1993年、試合に向かう飛行機が墜落し代表メンバーのほとんどを一時に亡くすという痛ましい過去がある。その墜落現場が、今回開催国のガボン(共催赤道ギニア)の沖合だったのだそうで、ザンビアの人々はもちろんのことだろうが、アフリカ中の事故を記憶する人々が、心情的にザンビアを応援する雰囲気がそこはかとなく漂っていた。(――そうは言っても、現実にはコートジボワールでしょう、とも、また、誰しもが思っていたがと思うが。)

結果は、互いに何度か決定機がありながら決めきれず、延長戦も無得点のままPKへ。そこでも5人ずつ蹴っても決まらず、サドンデスになってからの3人目、ようやく決着がついた。まさかのザンビア優勝。この幕切れと言い、何となく、ザンビア代表にはなでしこを思い出させるところがあったように思う。悲しみを力に変えたところもそうだし、身体面でのハンディを“ポゼションと切り替えの早さ”という戦術でカバーしようとするところも似ていた。

ザンビアチームが球を奪う瞬間の動きというのは、素人目にも分かる、めちゃくちゃ早い切り替えっぷりだった。フツー、どんなに切り替えを意識しているチームでも、味方がボールを持ってから全員の向きが変わるまで、ひと呼吸あるように思う。それは、味方がボールを奪うところを目で見て確認し、「あ、味方が取ったな」と思ってから実際の動作に移るまでの、止むを得ないタイムラグだと思うし、そのタイムラグの長さが選手によって微妙に異なることから、遠目にはどうしてもバラバラと向きが変わっていくように見える。しかし、ザンビア代表は、全員が瞬時に向きを変え走り出していた。その様は、画面で見ているとまるでピッチ上に“全員一斉切り替えスイッチ”でも付いているかのようだった。

そんな見事な動きを随所に見せたザンビア代表だったが、試合全体を通してみれば、やはりコントロールしていたのはコートジボワールの方だったように思う。個々の選手のボールを持ってからの速さ、突破力は、これもまた素人目にもはっきり、格が違うことが分かった。それでも勝ったのはザンビア。ドラマチックな決勝を見届けたら、もう夜中の1時半だった。

2012年2月13日月曜日

和製

やっと昨日、一日喉の痛みなく過ごせた。今日も外はいい天気だが、それはつまり空気がカラカラということでもある。今週末は大事をとって運動なし。

年明けからやっと勉強するようになって、手元の文房具が品薄気味である。大抵のものはスーパーで見つかるのだが、ここ最近なかなか見つけられず困ったのが、シャーペン。陳列棚にないので店員を呼びとめたのだが、その瞬間――ハッ!となった。…シャーペンって英語で何て言うんだ…??

「Sharp Pencil」がいかにも和製英語で多分通じない、というのは咄嗟に分かったが、かといって何と言い換えればいいか思いつかず、ついそのまま聞いてしまった――久々に内心赤面するほど恥ずかしい。そりゃあ、先がよく削られた切っ先の鋭い鉛筆が出て来ましたよ。
正しくは、「mechanical pencil」と言うんだそう。結構いかつい名前なのね。ちなみに、探してたシャーペンはさっき無事発見してお買上。

2012年2月11日土曜日

『告白』

ちょっと前に話題になった映画の原作本。その時、ネット上でだいたいのあらすじは見ていたが、たまたま最近離任した同僚が本を持っており、運良く譲ってもらえた。

また、これも偶然数日前に新聞記事か何かで知ったのだが、作者はトンガのボランティアOVなのだそうだ。以下、いつもの勝手な感想文。

賞をとった本だけあって、推理小説として確かに先、先を読ませる。また、章ごとにかわるがわる別の人物が第一人称となり、その人物の視点から物語が進む(=「告白」、ないし「独白」)というスタイルも面白いとえいば面白かった。が、まとまった感想を持ちづらいつくりでもあった。

そんなわけで、感想もぶつ切りだが。

殺人、いじめ、虐待――と重いテーマがてんこ盛りの割には設定に突っ込みどころが散見されるため、読んでいてそれほど重苦しい感じにはならない。そもそも、血液混入牛乳を飲ませたくらいで、HIVに感染するワケなかろうが(確率は限りなくゼロ)。それに、子どもができた後で、「子どもはおろすな。でもHIVポジティブだから結婚しない」って、どうよ?正義感、責任感は強いが甚だ無知でとんちんかん、という設定だったのか?フツーに子育て手伝えよ…と思った。

日記。
作中では、嫌なことがあった時につけてごらん、と母が娘にすすめている。私自身は逆で、喜怒哀楽の「喜」と「楽」しか書かないクセがあるため、そんな暗い日記もあるのか、と思った。『アンネの日記』のように、後から第三者が読み物として読むのであれば(実際、アンネは読まれることを想定していた)、間違いなく喜怒哀楽のすべてが綴られているのが一番面白いだろうが、書きたいという衝動に任せて「書くために書く」場合は、どうしても個人の好みにより偏りが出るのかな。

いじめ。
こんな性格ゆえ、幼い頃から社会人の現在に至るまで、いじめのターゲットになったことは何度かあると思うが、実際いじめられたことはほぼ無い。正確に言うと、嫌がらせは受けても、嫌がらせをする者にいじめの快感ないし満足感を与えたことはない。逆に、不必要な愛想を振りまくことがないため、事実無根の「いじめっ子」にされたこともあったが、無意味かつ非生産的で面倒なことをわざわざしている頭の悪い人かのように思われたことが心外でならなかった。だいたい、仲間外れを仕組めるほどに群れたこと自体がないっての。作中では、いじめの凄惨さよりも、いじめる側のマヌケっぷりが強調されており、そこは好感が持てた。

ウェルテル先生。
買収されて今年新球団になったチームの監督が思い浮かんだ。周囲の人たちご苦労さま、な感じ。

2012年2月10日金曜日

せん

日本語を覚えようと、お土産にもらった本を片手に奮闘中の運転手アイバン君。いつもは「ハロー?」とか「ワンジ?(何ー?)」って出る電話に、突然「モシモシ」と来られた時は吹いた(笑

音が馴染まないのか、朝はもう何回か、「おはよう ございまセン」と言われ、都度直している。すると、「ありがとう ございまセン」――「マス、ね」。

2012年2月9日木曜日

しつこい

医者でもらった薬が一向に効かない。ノドなんて、寝るたびに悪くなるという信じられない現象。マスクまでして寝てるのに。今日の昼から、もう少し強めの薬に切り替えたが――

ひょっとして、これが“本厄”ってことなのだろうか?治らないのは、風邪が強力なせいだとばかり思っていたが、もしや私の回復力が落ちてきているのだろうか?これだけ休んだのに何故ってくらいにノドが痛いままなのだ。あ、ちなみに食欲はほぼずっとある。

2012年2月8日水曜日

覆面



いつもは、しつこいくらいに寄って来るベンダーが
今日はチラッと見るだけで離れて行く。







あーー、やっぱ引くか?






助手席にこんなのが乗ってたら。



しょうがないのよ、喉痛いから。
ホントに痛いんだから。





強盗かなんかに見えるかな?と聞いたら、はい、と素直な返事の運転手アイバン君(笑

2012年2月7日火曜日

Wパンチ

月曜の朝、出勤は出来たが、結局午後休とせざるを得なかった。朝起きたら治ってるだろうと思ってたノドの痛みは予想外に倍増しており、熱もまだ微熱以上あった。治ってないどころか、一部悪化してるではないか。諦めて休むんだな。ただの風邪なのに週末で治せなかったは少々苦々しいが、やっと医者にも行ったし、明日こそかなり楽になるはずと思う。

2012年2月6日月曜日

V字回復

熱も下がりつつあるし、明日はちゃんと仕事出られそう――と思った矢先の日曜夕方、突然悪寒に襲われ再び発熱。39度を軽く超えちゃった。

あら?あらら?ただの風邪だと思ってたけど、もしかして――

マ・ラ・リ・アだった??まずいなあ、明日は休めない。午後半休にして、職場から病院直行かな。どうして日曜中に医者行かなかったって、怒られそうだなあ…(←順調に回復してたからです)でも、かと言って、今から行く元気もなし…

…と、しんどいのと寒いのが相俟ってひとしきり打ちのめされていたところ、バァーーーっと急に滝のような汗が噴き出し、あれよあれよという間に熱が下がる手ごたえ。ついでに、お腹もすいてきて、これまた急にラーメンが食べたくなったため、作り置きの鶏の煮込みを醤油炒めにしてささっと調理。卵&海苔入りの豪華版にして頬張りながら、今に至る。やっぱり明日は、多分大丈夫である。

2012年2月5日日曜日

cool down



かぜ薬が切れてくると、体があっつい熱い。
寒過ぎるのも大変だが、せめて涼しげな写真を――

















今の仕事が終わったら
また行きたいとこNo. 1