2010年1月31日日曜日

制度とか

あらゆるものが高度化すると人間性が奪われる。「先進国」に自殺者が多いのはこのためだと思う。

古い写真発見




……ばあちゃん、わかっ!!


ピンっ

前から分かっていることだが、写真が下手くそだ。せっかく色んなとこに行ける仕事をしているというのに(――仕事じゃなきゃ行けないようなレアなとこもたくさんあるのに)撮ってきた写真に心底がっかりすることが多い。自分の心理的距離が露呈するのか、腰が引けたような写真ばかりだ。

だから今度は、動画にしてみようと思っていた。下手でもその場の雰囲気を手軽に記録できるから。そうして出かけた店頭で、目が合っちゃった。




薄っぺらいコンデジに囲まれるとかさばるように見えるけど、ごつごつとした外観からすれば予想外なほど、軽いし小さい。手にした時のフィット感、久しぶりにのぞくファインダー、しっかりしたカバー、ストラップ…ぜんぶひっくるめて「ピン」ときた。腰が引けた写真を撮るくらいだから、カメラのことなんて全然詳しくないのだけれど。アフリカの仕事が取れたら、と決めていた。

被写界深度とか、F値とか。今まで「なにそれ?」だったことが、いともかんたんに体験できてしまう。心地よいシャッター音とともに。これで突然腕が上がるわけじゃああるまいが、少なくとも撮る機会は増えそうだ。

実感

ヒシャカイシンド?…被写界深度。
こんなにカンタンに実感できるなんて。



ほら、浅く。




こっちは深く。


ご褒美

生まれて初めて背景をぼかした写真が撮れた。しかも簡単に。


このカメラ、すっげーー!!!


2010年1月29日金曜日

脱力

夕方、全身の倦怠感。風邪ひく前みたいだ。安心したしかな。ラーメン食べて帰った。

かみ(紙)

書面ひとつで半信半疑が安堵に変わる。3月から1年間、念願のアフリカで仕事できることになった。

2010年1月27日水曜日

まるで冬




2009年11月3日、野尻湖松ヶ崎より。


2010年1月26日火曜日

拾う神?!

落としたと思った仕事が取れていた。何かの間違いとかじゃ…ないよね?!半信半疑の夜。

2010年1月23日土曜日

しょんぼり

どうしてうまくいかないのか。なんて考えることじたいがなさけない。神様は私に何をさせたいんだろう。

2010年1月22日金曜日

束の間

昨日は土から春の匂いがしたけれど、やっぱりまだ冬だった。春まで日本にいれるかな?

2010年1月21日木曜日

通勤

ほんとは地上を走る電車がいい。季節感があって、何より、明るい。

2010年1月20日水曜日

市ヶ谷にて

今でも橋のたもとに、競い合うように軒を並べる「モスとマック」。その昔、友人が真顔で「マスとモック」と口走り二人で大笑いしたっけ。

2010年1月19日火曜日

最適

朝は弱い。夜中の2-3時に寝て、昼ごろ起きるのが、最もストレスの少ないサイクルだ。

2010年1月18日月曜日

非相関 (3)

最後に、そもそもこの問題に「アレ?」と思った一番最初に戻ってみる。フィリピンのインターネット普及率が、あまりに低いと感じた。

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       <フィリピンの部分だけ抜粋> 
インターネット普及率 都市人口率    1人当たりGDP  
     (%)        (%)            (ドル)
      6.0      62.7           1,363

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フィリピンには、直近の3年間のうち、まず地方の小さな街に2年住み、その後ここ1年は出張ベースで出入りしてきた。そこでの実感と、ネット利用者が100人にわずか6人というのは、どうもズレが大きい。もっとずっと多いように見えたのだが。

問題を見直すと、これだけは出典が出ているので、まず、そもそも「インターネット利用者」とはどんな人のことを指すのかを確認してみた。(すぐ見つかるかと思いきや、重たいPDFファイルを開かないと載ってなかったのだが)データの取り方・扱い方に関するマニュアル(Manual for mesuring ICT access and use by households and individuals)というものがあり、「過去12か月間、場所は問わず(自宅でも、職場でも、友人宅でも、ネットカフェでもどこでもOKということ)インターネットを使用したことがあるか?」という問いが標準設定で、各国がそれぞれの実態に合わせアレンジしていいことになっているとあった。

フィリピンの場合(他の多くの開発途上国と同様)、インターネット自体は「こんな田舎にまで!」と驚くような所でも開通していたりする。ただし、それらは主に地方政府事務所やネットカフェであり、個人宅にネットが来ているというケースは、まだまだ少ないというのが実感だった。私はまず、この点がどう反映されているのかを確かめたかったのだが、上記のような標準設定の設問や、統計データの項目として「User」と「Subscriber」をちゃんと分けている点からして、問題はないと判断された。

次に、誰がネットカフェに来ていたのかを考えてみた。場所にもよるが、田舎の町角にあるネットカフェはどこも似たような客層だったように思う。それは、小中学生の子どもたち(フィリピンには中学はないので正確には「高校生」だけど)。宿題の調べもの――?いえいえ、みんなのお目当てはオンラインゲーム。子どもたちが帰ってくる頃になると、ネットカフェには爆音が響き渡り、さながらゲーセンのようだった。彼らはちゃんとUserとしてカウントされてるのかな?また、ふつうは友だちと一緒に何人かで遊んでいるので、中には「お金を払わない」Userもいるものだが、彼らはUserとしてカウントされるのか、されないのか。

それには誰がこの質問の回答者なのかを知る必要があるが、世帯ごとの調査にしても、個人にしても、子どものネット使用率が反映されない可能性が大きそうだ。世帯ごとだと回答するのは親だろうし、個人調査だと対象に含まれてすらいない可能性がある。

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ズレているといえば、都市人口率についても(こっちは出典不明なので調べられなかった)そうだなと思った。都市って、どこまでを「都市」としてカウントしているのかなあ(…まさか私がいた田舎町は「都市」じゃないよね?(汗)…と思って調べてみたが、国際的な基準というのはないらしい。だとすれば、統計と実態の間に大きな誤差が生じる余地はあるわけだ。


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だったら、なおさら。こういう問題を出すなら、はっきり差が分かる国・地域の組み合わせで出さないと。ヨーロッパから2カ国、アジアから2カ国、とかね。センター試験の問題としては、それが結論。当初抱いた疑問というか、違和感については、統計と実態/実感が非相関である一例なのかな、ということで終わりにしたい。

非相関 (2)

               表2
  インターネット普及率 都市人口率    1人当たりGDP  
     (%)        (%)            (ドル)

①     55.7      67.6           5,770
②     21.0      32.3           3,252
③      6.0      62.7           1,363
④      5.6      48.1           1,636

統計年次は、インターネット普及率が2007年、都市人口率が2005年、1人当たりGDPが2006年。
ICT Statistics Database
などにより作成。

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まず、正答の導き方は、おそらくこんなところだろう。

1)最初に4カ国を2つのグループに分ける。3つある指標のうち、一般的に受験生が目にしたことがあるはずのものといえば「1人当たりGDP」になるかと思うので、右端の欄を見ながら{①、②}と{③、④}の二つに分ける。

2)次に、4カ国のどれが上位グループ{①、②}で、どれが下位グループ(③、④}なのかを考える。何となくでも、上位2つがタイとマレーシア、下位2つはフィリピンとインドネシアかな。と見分ける。

3)最後に、①と②のいずれかがマレーシアで、いずれかがタイ、となったところで「都市人口率」または「1人当たりGDP」を見比べて、マレーシアの方が上のはず、と知っていれば正解にたどり着ける。

ステップ2)までは、おそらくそれほど難しくない。問題は3)で、私は間違えた。予備校のサイトなどものぞいてみたが、同様に間違えるとしたらステップ3)であろうとのこと。自分が間違えたから書くわけではないが、この問題、どうも以下の諸点でイマイチだと思う。

●特性の似通った国を判別しなけれならない
●しかし、指標は馴染みの薄いものである上に、出典も信憑性も「?」
●メインの指標(=ネット普及率)は、おとり

第一点目について、東南アジアで経済成長や開発の"優等生"を選ぶとしたら、シンガポール、タイ、マレーシア、逆に"劣等生"といえば何といってもフィリピ――それくらいのイメージは受験生に期待してもいいと思う。しかしだからといって、ひとつずつの国についてGDPのおよその額や、域内の相対的な順位を記憶してなきゃなんないというのは、センターにしちゃ細かすぎないか。

第二点、仮に百歩譲って、どれか1つでも、1人当たりGDPのおよその額を覚えていたとしよう。出典の年を見てほしい。2006年……もしもーし?今年は2010年ですよ~!受験生てのはね、一度覚えてもぎりぎりになって最新データが出れば、覚えなおしてくるものよ。どうして最新のデータで出題してあげないのか。怠慢だ。

というのも、出題の4カ国はいずれも(少なくとも数字上は)勢いよく成長しているゆえ、現状入手可能な最新データ(2008年)とはかなりの開きがある。例えばIMFのデータだと、2008年1人当たりGDP(nominal)はマレーシア$8,118、タイ$4,116、インドネシア$2,239、フィリピン$1,845。仮にタイだけ具体的な数字(およそ四千ドル、とかね)覚えていたら、やはり①と②は判別しにくいんじゃないか?

では、「1人当たりGDP」に頼らずに正答を導けるか、といったら、その可能性はもっと低くなると思う。自分自身の受験が終わってからは一度も地理の教科書を開いたことはないが、「都市人口率」とか「ネット普及率」とか、ざっくり幾つかの国が(地域ごとの典型例などとして)載っていることはあっても、世界中の国のデータが一覧で載ってたりすることはないんじゃなかろうか?

いやいやセンター試験なんだから、知らなくても類推できるはずだ、と思っても、『ネット普及率と都市人口率』、『ネット普及率と1人当たりGDP』、『都市人口率と1人当たりGDP』のいずれについても相関関係が見られないわけだから、何を類推しろってんだー!何も類推できません。という落ちだ。

第三点。つまるところ、この問題は「1人当たりGDP」の東南アジア各国の相対的な順位を知っているかどうか。だけが決め手の問題であり、リード文から強調されている「インターネット普及率」は、よっぽどマニアでこのデータを事前に知っていたというケースを除いて、回答者の目先を惑わす「おとり」として使われていると言っていいだろう。あった、あった、こういうの。と、思うけれど、こういう本質を突いていない問題は出題者のレベルを疑わざるを得ない。学校ごとの入試ならどうぞご自由に、だが、日本中の受験生が受ける国家的行事の試験でコレでは、がっかりもするというものだ。

(つづく)

非相関 (1)

新聞を見ていたら、そういえば昨日はセンター試験だったようだ。たまたま目についた問題が「……?」だったので、調べてみた。地理Bの第6問-問6より。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

インターネットの普及状況は国家間で異なっており、情報格差(デジタルディバイド)が生じている。次の表2は、東南アジアのいくつかの国におけるインターネット普及率(*)、都市人口率、1人当たりGDP(国内総生産)を示したものであり、①~④はインドネシア、タイ、フィリピン、マレーシアのいずれかである。タイに該当するものを、表2の①~④のうちから一つ選べ。
(*)人口に占めるインターネット利用者の割合

               表2
  インターネット普及率 都市人口率    1人当たりGDP  
     (%)        (%)            (ドル)

①     55.7      67.6           5,770
②     21.0      32.3           3,252
③      6.0      62.7           1,363
④      5.6      48.1           1,636

統計年次は、インターネット普及率が2007年、都市人口率が2005年、1人当たりGDPが2006年。
ICT Statistics Database
などにより作成。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

先に答えを書くと、正解は②である。

①マレーシア
②タイ
③フィリピン
④インドネシア

となる。ここで「?」が二つ。一つ、正答の導き方に「ネット普及率」は関係なく、良問とはいい難い。二つ、フィリピンの「インターネット普及率6%」というのは、あまりに実感と合わない。



(つづく)

 

2010年1月17日日曜日

独裁者とオリンピック

第四集ヒトラーの回に出てくるベルリンオリンピック。独裁者が権力誇示のために五輪を利用した典型と言われる。昨年10月の2016年開催地選考の際まことしやかにささやかれていたが、私も、今ではこのくだりをみるとあの高慢な知事の顔が思い浮かぶようになった。ただし、独裁者は天才的でないとね。空前のハイパーインフレをわずかな期間で回復させてみせた前者と、ずさんな経営の必要かどうかも不明な銀行を作った後者と。決定的な違いはそこだったかもしれませんね。五輪落選には心からほっとしたものだ。

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ところでその昨年10月、開催地最終選考の生中継というものをはじめてTVで観た。マニラにいたので、BBCとCNNを交互に回して見ていたのだが、どちらもその日は随分と長い特番を組み、思った以上の気合の入り様だった。一大イベントなのね。投票の手続きなんて、ほとんど儀式のようだった。

全部で3回あるうちの1回目(シカゴ落選)と2回目(東京落選)は投票開始から結果発表まで1分とか2分というペース。あっさりと落選都市が読み上げられるため、一瞬何が起きたか分からないうちに何百億と金をかけた招致キャンペーンの敗北が告げられる(シカゴの時なんか私はともかく、BBCのアナウンサーまで自分が聞き間違えたのではないかと一瞬言葉に詰まっていた。)かと思えば、最後の3回目の投票結果は、瞬時に結果が出ているにもかかわらず、なぜか発表は1時間後と引っ張る。火曜サスペンス劇場なら、この空白の1時間を利用して封筒の中身を入れ替えようと企むな。きっと。

2010年1月16日土曜日

即決

カリブ海のハイチという国で大地震が起こった。生死を分けるという72時間がもう間もなくに迫っている。

日本からも緊急支援が入(れ)るのだろうか――関心を持って動向を見ていたが、どうやら政府もNGOも出ていくようである。Emergency reliefはNGOの機動性が生かされる、いわば彼らの"得意分野"だし、台所事情ゆえに是非とも取り組みたいというNGOが多いはずだとは思ったが、今回は日本のNGOの地の利・人脈がほとんどなさそうな、また物理的にも距離が遠い地域だったので、二の足を踏む可能性も十分に予想された。

世界的なネットワークを持つNGO(の日本支部)は、さすがに早い。すでに現地レポートがアップされ始めている。JAPANブランドのNGOも、今日あたり支援を決定し、スタッフの派遣を表明している。冬の日本から2-3日かけて、ようやくたどり着いたと思ったらいきなり炎天下、がれきだけでなく報道によれば遺体も散乱しているという被災地に放り出されるわけだから。おそらく、近年まれにみる難しいオペレーションになるのではないかと思う。

それにしても、CNNのサイトはこんなの載せていいのか??と思うような写真のオンパレードだ。(私は直接記憶にあるわけではないが)1985年の夏の報道が脳裏をよぎる。

2010年1月14日木曜日

ダウン

あまりの寒さに耐えられず室内でダウンを着用する季節が今年もやってきた。

2010年1月13日水曜日

ワープ

朝の電車。次の次だな、とわかってたけど、念のため、薄目を開けて確認。あっていたので、次の駅は目を開けずに通過。さあ降りようと思ったそのとき、車内アナウンスが降りる次の駅名を告げる。な、なんで?うそだ、と思っている間に電車はホームに入る。確かにひと駅乗り過ごしていた、連休明けの朝。

2010年1月11日月曜日

難民の世紀 

『映像の世紀20世紀』のシリーズで、どの回が最も印象に残ったかと考えると、なかなかピックアップするのが難しい。しかし、どの回が最も自分自身の研究や進路や将来に影響したかといえば、それは第10集の「民族&難民」の回だったろう。

というのも、戦火に追われ逃げ惑い、時には家族を置いてでも脱出しなければならなかった人々の姿が胸に迫ったという高校生らしいシンプルな義憤も当然あったが、「国境」とか「民族」とか「宗教」といった、明らかに人間がつくりだしたものに過ぎない『くくり』によって容赦なく生と死が分けられていくのが、単純におかしいんじゃないかと思ったのだった。

もちろん、オマケとしては、当時日本人女性が難民高等弁務官であったことも、漠然とした国際的な舞台への憧れとあわせて、『難民』への関心を後押ししたことは認めるところであるが、彼女が高等弁務官としてどのような実績と評価を残していたのかを知るのは、のちに本格的に難民問題の研究をするようになってからであった。ともあれ、学部三回生の時"現代史-難民問題-国際機関"という流れで卒論を書こうと思いついたのは、早い段階からUNHCRという国際機関の存在を知っていたからだといえる。

残念ながら、人がつくった『くくり』が生死を分ける不条理さという核心的な関心について、私の研究はほとんど描き出すことができなかった。というより、そのことを証明するのは途方もなく大変なことだと直感的に感じ、最初から避けて通ることにしたのだった。そういう根本的なところでミソがつくのは自覚しつつも、歴史という畑ではいまだに一国史の研究が中心で、イレギュラーに国境をまたいで動く「難民」というのはなかなか研究対象になってこなかったところに、テーマとして取り組んでみる価値をそれなりに感じたものだった。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

各回の内容についてこまごまと所感を書く予定は今のところないが、今回見直してみてふと思いついたことは書き留めておく。

当初の所感は、旧ユーゴ紛争の民族対立について(あるいは『民族浄化』について)歴史的な背景を含めてよく描いているな、というとこだったのだが。今回ふと、ルワンダについてひと言も触れていないな、と思った。「民族」というくくり、その差異が命をかけて/奪ってまで守るべき程のものなのかという大いなる疑念、そして誰かがそれを煽って利用しているという構図――全体的な“絵”がよく似ており、また時期的にもかぶっていた両者だったが、よく言われるように、世界の耳目を集めたのは旧ユーゴの方だった。(少なくとも日本にいた限りでは、旧ユーゴ「だけ」だった、といっても差し支えのないくらいの報道量の差だったのではなかろうか。)

1996年に放映されたこの作品がルワンダに触れていないということ自体、シリーズ全体を通じてもアフリカ(ブラック・アフリカ)がほとんど出てこないこととあわせ、今となっては貴重な史料だ。

2010年1月10日日曜日

シリーズ再構成案




とりあえずパッと思いつくところでは、全10回なんだから10年ずつカバーすればいいじゃん、ということになるのだが。ささっとリストアップしてみたところ、第8回が何だかイマイチだと思った。参照用に、実際のシリーズ構成と私案を並べて書いてみる。

<実際のシリーズ一覧>
 (タイトル名は長いので省略)

1、19世紀末~サラエボ事件
2、第一次世界大戦
3、戦間期1
4、戦間期2 ヒトラー
5、第二次世界大戦
6、アジアの独立
7、ヤルタ会談&世界再分割、冷戦
8、核開発競争、キューバ危機
9、ベトナム戦争
10、民族紛争、難民
(11、JAPAN)


<再構成私案>

1、(ママ)19世紀末~サラエボ事件
2、(ママ)第一次世界大戦
3、戦間期~ベルサイユ体制、大恐慌、ヒトラー
4、第二次世界大戦
5、世界再分割、冷戦の開始
6、アジア&アフリカ独立
7、ベトナム戦争、公民権運動、学生運動
8、石油危機、中南米内戦、アフガン
9、壁崩壊、東欧&ソ連解体、冷戦終結
10、民族紛争、難民、失われた10年
(11、JAPAN)

シリーズの構成




第1集~第11集まであるが、20世紀の前半から中盤に割かれている時間がパッと見の印象で8-9割になる。言いかえれば、最後の30年くらいはほとんど描かれていない。第11集はJAPANがテーマだから置いとくとして、実質全10回のうち、第9集が『ベトナム』なんだから、あながち間違った印象でもないと思う。

第11集のJAPANに至っては、太平洋戦争の終結まででほぼ終わってしまい、エンディングにようやく東京オリンピックの入場行進がちらりと映る程度だ。「20世紀」がテーマというが、今見るとちょっと“大きく出すぎた”感は否めない。

その理由として、ひとつはこのシリーズが作られたのが1990年代の半ばであり(放映は'95-'96年だったらしい)ほぼ終わりに近いとはいえ、まだ世紀の途中であったことがあるかと思う。しかし、勝手に想像するに、これって番組の作り手たちの"歴史観"を反映しているんだろうな、とも思う。つまり、世代ごとに、どこからどこまでが「歴史」で、どっから先が「現在」なのかは変わってくるはずなので、私の目には後半を極端にはしょったようにしか見えない構成も、それが作り手たちにとっては「過去」として認識されていない、つい最近のことで、あえて番組で取り上げるほどのことでもないと感じていた事実を端的に表しているのではないかなと。

まあ、それはさておき、このシリーズが、世紀が変わってから作られていたらどんな具合だったかと考えると急にわくわくしてくる。かつて外交史料を探して書庫に入ったとき、お腹が痛くなるほど緊張と興奮に包まれたことを思い出す。そういうわくわくだ。あるいは、今世紀末に、21世紀版映像の世紀が作られるとしたら、最初の10年はどう描かれるのだろうとも考えてみる。20世紀同様全10回で描くとすれば、単純計算で1回がカバーする時間は10年となり、そろそろ我々は第1集のエンディングに差し掛かっていることになる。

この二つの妄想の答えは、たぶん、同じだろう。911、それしかないと、現時点では思われる。もし、21世紀に入ってしばらくたった時点でこのシリーズが制作されていたら、おそらく間違いなく、イスラム世界にもっと焦点を当てたくだりが登場していただろう。そしてもし、21世紀版が制作されることになったら、第1集はたとえば「テロとの戦い--唯一の超大国アメリカは、とうとう見えない敵と戦争を始めた」とかいう感じだろうか。(これはかなり好意的なタイトルね。「存在しない敵」とした方が正確かな)

作品が射程におさめている範囲について、Special Boxの特典『解説書』にある年表も、1975年までであることに後から気付いた。

はじまり

と、いうわけでは必ずしもない。

少なくとも、歴史に対する興味は、もっとずっと幼い頃からあったし(最初は大河ドラマだったから、このテレビ局の影響は否定できないが)それと今の、たとえば仕事を結びつけて考えたとしても、必ずしもこれが決定的な理由とはいえない。


しかし、妙に背中を押されたような気分だった。


大学の専攻を迷ったとき、やっぱり『現代史』にしとこう、と思ったのも。卒論のテーマを考えたとき、やっぱり『難民』にしとこう、と思ったのも。(仕事に関する示唆は、今のところ、正直、あまり見いだせていないが)そんなテーマを研究したゆえの、こういう仕事なんだろう、という間接的な因果関係は認めるものである。)

ともかく、何か、妙に心つかまれたんだよな。当時高校生のわたし。





ずっとほしかったんだが、色んなところで言われているように、やっったら高いんだわ、これ。久しぶりにチェックしたらちょっぴり値下がりしていたので、念願のゲット。ここんところ毎晩ビール片手に見直している。