旅も仕事も、なるべく1箇所に長くいたいタチだ。“出張”よりは“赴任”、『駆け足つめこみツアー』よりは『厳選宿に数泊』、がいい。慎重過ぎて「行き当たりばったり」が苦手だからかもしれない。初めての土地に行くときは、わりと何から何まで調べておく方だから、何箇所もあったら手が回らない。あるいは、負担に感じながらもつい全部調べてしまう。
――そこまでしたって、どのみち、ある程度以上のことは行ってみないと分からないし、それを“旅の醍醐味”として許容するくらいの余裕はある。ただ、許容できる程度があまり高くないことは常日頃自覚しているのであって。
そのくせ、1箇所に「定住」してしまうことにも抵抗感を覚え、引越し人生を送っているわけだけど。こちらは元々引っ越し家族に育った影響もあるでしょうね。2-3年ずつ各所を転々とするのも、色んなところに住めるし悪くない、と自分では思っている。
2011年6月29日水曜日
2011年6月27日月曜日
平穏
人に会った週末だった。土曜日は、運転手アイバン君のお母さんが喉の手術のために上京してきているので、お見舞いへ。こういう場合、お見舞いの品が難しい――場合によっては現金だな、とも思っていたのだが――ジュースと果物を所望され、ちょっとほっとした。自分の立場を考えれば、現金でも快く出そうとは思っていたが、アイバン君のお兄さん、お姉さんたちがわりとちゃんと稼いでいるのと、どうやら私は『家族の友人』と思ってもらえているらしいのとで、そうはならなかった。手術、うまくいきますように。日曜の今日はフェアウェル・ランチに顔を出す。お腹いっぱいなので、夕食はなし。おやすみなさい。
2011年6月26日日曜日
鶴の落日
今週末も小説を眺めている。興味のわかない箇所は斜めにも読まないので、「読んで」いると書いたら、若干作者に失礼かな、などと思いつつ。この週末は、木曜に借りてきた『沈まぬ太陽』の1-3巻だった。愉快な内容ではないという程度のことは知っていたが、ここのところ読み飛ばしを頻繁にするせいか、1晩1冊の日もあり、ちょっと長めの小説を選ばざるを得なかったのだ。
以下、いつも通り勝手な所感を。
“アフリカ篇”(1・2巻)と“御巣鷹山篇”(3巻)ということだったが、以前、3巻だけは本屋で立ち読みしたことがあった。ストーリーにはほぼ興味がなかったが、ただ、事故がどう描かれているのかを見たくて手に取ったのだった。この未曽有の事故のボイスレコーダーは後に随分たってから流出しており、今はネット上にもある。数年前、聞いたら飛行機に乗れなくなるかもしれない、と覚悟しつつも、どうしても聞かなければという衝動に駆られたことがあり、以来何回か耳にしてきた。
事実を元にした小説とはいえ、主人公はもちろんのこと、登場人物は皆、名前を変えてあるのに、どうしてか事故の被害者が次々と実名で登場してきて驚いた。公式に発表された事故原因がどうもマユツバであり、飛行機を製造した会社の圧力があったに違いないことにちゃんと触れてあったのは、この事故を描くなら、最低限、抑えてほしいことだから安堵した。でも、豊富な取材を売りにしている作者なのだから、事故機のパイロットの評価の変遷についても触れてほしかった。事故当時は加害者そのものだったが、垂直尾翼の半分と油圧系統の全部を失い、なお30分以上も飛び続けたのは驚異的なことだったというし、後にその教訓が活かされ同様の油圧系統喪失に陥りながら空港に帰還できたケースもあったという(その時は垂直尾翼は無事だった)。この3巻は1999年発表というから、こうした点に触れても良かったのでは、という気がする。
+++++ ++++++ ++++++ ++++++ ++++++ ++++++
“アフリカ篇”は、苦笑いの連続だった。ナイロビ、と聞くと、カンパラ在住の我われにとっては、どことなく洗練されたような、地方の人間が都会に憧れるような響きがあるのだけれど。作中では、左遷に左遷を重ねた主人公が、最後に送り込まれる『地の果て』として描かれている(笑
だいたい、カラチ、テヘラン、ナイロビなら、どう見たってナイロビが最も過ごしやすそうなのだけれどね?時代も業界も違うけれど、そこにアフリカに対する一片の先入観もないかと言えば、否定はできないのではないかと思う。もっとも、そう書きながら、私自身、イスラム圏の国へはとても赴任できないと思っているし、実際住んだこともないから、先入観だけで書いていることを認めざる得ないわけだけど。
もうひとつ、これを書いたらこの小説は成り立たなくなるとは思いつつも、何でこの主人公、さっさと会社を辞めないんだろう?と、途中から疑問を通り越して呆れてしまうほど、今の感覚からしたら違和感のあることだと思った。終身雇用も硬直した社会をつくり出すだけなら、歴史上の遺物として淘汰された方がいい。
以下、いつも通り勝手な所感を。
“アフリカ篇”(1・2巻)と“御巣鷹山篇”(3巻)ということだったが、以前、3巻だけは本屋で立ち読みしたことがあった。ストーリーにはほぼ興味がなかったが、ただ、事故がどう描かれているのかを見たくて手に取ったのだった。この未曽有の事故のボイスレコーダーは後に随分たってから流出しており、今はネット上にもある。数年前、聞いたら飛行機に乗れなくなるかもしれない、と覚悟しつつも、どうしても聞かなければという衝動に駆られたことがあり、以来何回か耳にしてきた。
事実を元にした小説とはいえ、主人公はもちろんのこと、登場人物は皆、名前を変えてあるのに、どうしてか事故の被害者が次々と実名で登場してきて驚いた。公式に発表された事故原因がどうもマユツバであり、飛行機を製造した会社の圧力があったに違いないことにちゃんと触れてあったのは、この事故を描くなら、最低限、抑えてほしいことだから安堵した。でも、豊富な取材を売りにしている作者なのだから、事故機のパイロットの評価の変遷についても触れてほしかった。事故当時は加害者そのものだったが、垂直尾翼の半分と油圧系統の全部を失い、なお30分以上も飛び続けたのは驚異的なことだったというし、後にその教訓が活かされ同様の油圧系統喪失に陥りながら空港に帰還できたケースもあったという(その時は垂直尾翼は無事だった)。この3巻は1999年発表というから、こうした点に触れても良かったのでは、という気がする。
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“アフリカ篇”は、苦笑いの連続だった。ナイロビ、と聞くと、カンパラ在住の我われにとっては、どことなく洗練されたような、地方の人間が都会に憧れるような響きがあるのだけれど。作中では、左遷に左遷を重ねた主人公が、最後に送り込まれる『地の果て』として描かれている(笑
だいたい、カラチ、テヘラン、ナイロビなら、どう見たってナイロビが最も過ごしやすそうなのだけれどね?時代も業界も違うけれど、そこにアフリカに対する一片の先入観もないかと言えば、否定はできないのではないかと思う。もっとも、そう書きながら、私自身、イスラム圏の国へはとても赴任できないと思っているし、実際住んだこともないから、先入観だけで書いていることを認めざる得ないわけだけど。
もうひとつ、これを書いたらこの小説は成り立たなくなるとは思いつつも、何でこの主人公、さっさと会社を辞めないんだろう?と、途中から疑問を通り越して呆れてしまうほど、今の感覚からしたら違和感のあることだと思った。終身雇用も硬直した社会をつくり出すだけなら、歴史上の遺物として淘汰された方がいい。
2011年6月24日金曜日
ショれは、何?
ここの人たちと話していて、たまに「?」となる。よく出てくるのが、
“シェジュル”
“シャンシャン”
の2つかな。普段、聞きとれないほどの訛りはほとんどないので、急にキャッチできない言葉に出くわすと「ん?」となる。一瞬考えて、ああ、と思うわけだが。
Schedule
Sunshine
のことなのよね。「S」が[ sh ]音になる傾向がある。たとえば、今実際は身近にはいないが、「鈴木さん」がいたとすれば、「シュズキさん」にされてしまうだろう。同様に、「K」が[ ch ]音になる傾向もあるのだが、不思議なことにこちらはすんなり聞き分けられる。同僚のウガンダ人は、みんな当地きっての親日家だが、「日本の首都は?」と聞かれたら「トウチョウ!」と答える。この間、「トウキョウって言うんだよ」って教えてあげたら、驚かれた(笑
ウガンダで聞く英語はそれほど訛りがきつくないように思う。もしかしたら私の耳がすっかりアフリカ仕様というか、フィリピンの頃から続く“カタカナ発音英語”に慣れただけかもしれないが(部分的にはそうだと思う)、初めてのアフリカだったナイジェリアで耳した英語を考えれば、ここの人の発音は確かに分かりやすいのだ。
ちなみに、日本人のカタカナ発音は、現地の人には本当によく通じる。ナイジェリアでも、フィリピンでもそうだった。仕事上、あまりそれに慣れ過ぎる(――というか、それにカコつけて英語上達の努力を怠る)のは良くないとは分かっていながら、ついつい、目の前の人とのコミュニケーションを優先させてしまうのよ…ね。
“シェジュル”
“シャンシャン”
の2つかな。普段、聞きとれないほどの訛りはほとんどないので、急にキャッチできない言葉に出くわすと「ん?」となる。一瞬考えて、ああ、と思うわけだが。
Schedule
Sunshine
のことなのよね。「S」が[ sh ]音になる傾向がある。たとえば、今実際は身近にはいないが、「鈴木さん」がいたとすれば、「シュズキさん」にされてしまうだろう。同様に、「K」が[ ch ]音になる傾向もあるのだが、不思議なことにこちらはすんなり聞き分けられる。同僚のウガンダ人は、みんな当地きっての親日家だが、「日本の首都は?」と聞かれたら「トウチョウ!」と答える。この間、「トウキョウって言うんだよ」って教えてあげたら、驚かれた(笑
ウガンダで聞く英語はそれほど訛りがきつくないように思う。もしかしたら私の耳がすっかりアフリカ仕様というか、フィリピンの頃から続く“カタカナ発音英語”に慣れただけかもしれないが(部分的にはそうだと思う)、初めてのアフリカだったナイジェリアで耳した英語を考えれば、ここの人の発音は確かに分かりやすいのだ。
ちなみに、日本人のカタカナ発音は、現地の人には本当によく通じる。ナイジェリアでも、フィリピンでもそうだった。仕事上、あまりそれに慣れ過ぎる(――というか、それにカコつけて英語上達の努力を怠る)のは良くないとは分かっていながら、ついつい、目の前の人とのコミュニケーションを優先させてしまうのよ…ね。
2011年6月22日水曜日
ねずみと新興宗教
古い文庫だが『ディズニーランドの経済学』という本を昨年末の帰国時に買って来て、途中まで読んでほったらかしにしていたらしい。あらためて読み進めようかと思ったが、読み残した部分はあまり面白くないので、やっぱりパス。ところが――
そんなことがあって、たまたま、このねずみのテーマパークについて考えていたのだが、そのせいかどうか、月曜から変な夢を見てしまった。いや、というのも。このテーマパークの経営者たちは、新興宗教をやっても大当たりしただろうな、などと考えていたら、文字通り“教祖”のようなインチキ男が出てきて、見るからに嘘くさいのに、自分の周りが1人、また1人と感化されてゆくストーリーで――背筋に寒気が走るような夢だった。
ねずみのテーマパークと新興宗教を結びつけたくなったのは、パレードの時に沿道の観衆に一緒に踊るように呼び掛ける、あの異様な光景からなんだけど。こういうの、もっと専門的な書き方があるのだろうけど、身体経験は思考を凌駕するっていうのかねえ。身体を一定の動作にコントロールしようとすると、そのことに意識が向く分、複雑な思考が出来なくなる。あとは、それを『楽しい』と感じるか、『神秘的』と感じるかの差だ。それ言っちゃあ、子どもがする“お遊戯”の類も同じじゃないの、ということになるが、お遊戯の場合は商業利用しないからね。悪意は感じない。
そんなことがあって、たまたま、このねずみのテーマパークについて考えていたのだが、そのせいかどうか、月曜から変な夢を見てしまった。いや、というのも。このテーマパークの経営者たちは、新興宗教をやっても大当たりしただろうな、などと考えていたら、文字通り“教祖”のようなインチキ男が出てきて、見るからに嘘くさいのに、自分の周りが1人、また1人と感化されてゆくストーリーで――背筋に寒気が走るような夢だった。
ねずみのテーマパークと新興宗教を結びつけたくなったのは、パレードの時に沿道の観衆に一緒に踊るように呼び掛ける、あの異様な光景からなんだけど。こういうの、もっと専門的な書き方があるのだろうけど、身体経験は思考を凌駕するっていうのかねえ。身体を一定の動作にコントロールしようとすると、そのことに意識が向く分、複雑な思考が出来なくなる。あとは、それを『楽しい』と感じるか、『神秘的』と感じるかの差だ。それ言っちゃあ、子どもがする“お遊戯”の類も同じじゃないの、ということになるが、お遊戯の場合は商業利用しないからね。悪意は感じない。
2011年6月21日火曜日
ラップ考
食品用ラップフィルム、というと、かえって、何だっけ?それ、と思ってしまうが、要は台所で使うラップのことだ。意外かもしれないが、私の周りでは、日本からの出張者や客人に頼んで持って来てもらう定番グッズのひとつだ。
理由はシンプルで、海外の(途上国の、なのか?)ラップは切れない。外見は日本のとほぼ同様、切るための刃は箱に付いているのだが、これがパリッと切れた試しがない。たいてい、右にひっぱり、左にひっぱり、下に無理やり延ばして引き千切る格好になる。ちょっとした残りものにラップをかける――ただそれだけのことが、憂鬱になるほど、イチイチ手間がかかって使いにくい代物なのだ。
さっき手元にある日本製ク○ラップを使い切ったので、現地で購入したラップのロールをク○ラップの箱に差してみた。刃が鈍いせいで切れないのなら、ク○ラップの箱を使えばパリッと切れるに違いない、と思ったのだ。が、どうやら刃の問題だけではなかったようだ。相変わらずフィルムはぐにゃぐにゃして、切るためにちょっとテンションをかけるだけでびろんと延びる。フィルム自体の品質が低いのね…日本製を持ち込んだら爆発的ヒットになると思うのだけれど、そもそもラップを使うのが、ここでは外国人だけなのかなあ(それでも一定の売り上げは見込めると思うけど)?
理由はシンプルで、海外の(途上国の、なのか?)ラップは切れない。外見は日本のとほぼ同様、切るための刃は箱に付いているのだが、これがパリッと切れた試しがない。たいてい、右にひっぱり、左にひっぱり、下に無理やり延ばして引き千切る格好になる。ちょっとした残りものにラップをかける――ただそれだけのことが、憂鬱になるほど、イチイチ手間がかかって使いにくい代物なのだ。
さっき手元にある日本製ク○ラップを使い切ったので、現地で購入したラップのロールをク○ラップの箱に差してみた。刃が鈍いせいで切れないのなら、ク○ラップの箱を使えばパリッと切れるに違いない、と思ったのだ。が、どうやら刃の問題だけではなかったようだ。相変わらずフィルムはぐにゃぐにゃして、切るためにちょっとテンションをかけるだけでびろんと延びる。フィルム自体の品質が低いのね…日本製を持ち込んだら爆発的ヒットになると思うのだけれど、そもそもラップを使うのが、ここでは外国人だけなのかなあ(それでも一定の売り上げは見込めると思うけど)?
2011年6月20日月曜日
2011年6月19日日曜日
2011年6月15日水曜日
2011年6月12日日曜日
文庫
体調がイマイチで外出する気にならないので、珍しく小説を読む週末。ここのところ、日本から持って来てもらったり、現地で借りたりで、日本語の文庫本が手元にある。有難い。自分で日本から持ってくる本はほとんど全部実用書なので、たまに小説が読めるといい息抜きになる。
以下、勝手な感想。
『のぼうの城』上・下
最近映画公開が延期になった話題作というから、わざわざ原作を取り寄せて読んでみたのだが…まず、本の薄さにビックリした。薄いのに、上下巻に分かれていることに二重にビックリ(その方が儲かるのか?)。そりゃあ、必然的に物語も人物描写も薄くなるというもので…映画が原作より面白いことを祈る。この本が話題になる程売れたということが三重のビックリです、正直。
『黒豹シリーズ キルガン』
ゴルゴの小説版みたいな感じ、超面白いから!――との触れ込みで借りて来た1冊。まあ、謂わんとしていることは分かった。しかし、仮にも文庫本化された小説だというのに、テニオハの間違い、明らかな言葉の書き間違い等が散見されて、これまた新鮮な驚きだった。連載に追われて書いたんでしょうけど、売り物なんだからちゃんと改訂してほしいものです。女性の描写も一辺倒で呆れる。最初の数ページで、「これは突っ込みどころを見つけながら楽しむ本だ」と認識した。だいたい私はゴルゴ・ファン。ストーリーもディテールも詰めが甘くリアリティーに欠ける小説の主人公と一緒にされるのはちょっと…(笑
『亡国のイージス』上・下
ああ、やっと小説らしき小説が手に入った、と一気に読んだ。上巻の終わりあたりで、誰が叛乱者で、誰が国の工作員なのかが判るところが面白かった。下巻は、筆者の国防に対する個人的な思い入れがくどく繰り返されるので飛ばし読み。セリフだけ拾ってけば、ストーリーは追えた。プロットがしっかりしているだけに、国防に関する論の展開がもうちょいマシだとさらにリアリティー出て迫力も増したはずだったと思う。一連の事件の発端とされる『論文』が、全く論文の体裁をとっておらず、ただの感想文であるせいで、物語の根底部分で説得力が乏しくなってしまっている。ちなみに売れた小説につきもののの映画化もされているが、原作が分厚い分、映画としてはどうしてもひどく浅薄な作品にならざるを得なかったみたい。大胆に削るところは削らないと映画化は難しいんでしょうね…
以下、勝手な感想。
『のぼうの城』上・下
最近映画公開が延期になった話題作というから、わざわざ原作を取り寄せて読んでみたのだが…まず、本の薄さにビックリした。薄いのに、上下巻に分かれていることに二重にビックリ(その方が儲かるのか?)。そりゃあ、必然的に物語も人物描写も薄くなるというもので…映画が原作より面白いことを祈る。この本が話題になる程売れたということが三重のビックリです、正直。
『黒豹シリーズ キルガン』
ゴルゴの小説版みたいな感じ、超面白いから!――との触れ込みで借りて来た1冊。まあ、謂わんとしていることは分かった。しかし、仮にも文庫本化された小説だというのに、テニオハの間違い、明らかな言葉の書き間違い等が散見されて、これまた新鮮な驚きだった。連載に追われて書いたんでしょうけど、売り物なんだからちゃんと改訂してほしいものです。女性の描写も一辺倒で呆れる。最初の数ページで、「これは突っ込みどころを見つけながら楽しむ本だ」と認識した。だいたい私はゴルゴ・ファン。ストーリーもディテールも詰めが甘くリアリティーに欠ける小説の主人公と一緒にされるのはちょっと…(笑
『亡国のイージス』上・下
ああ、やっと小説らしき小説が手に入った、と一気に読んだ。上巻の終わりあたりで、誰が叛乱者で、誰が国の工作員なのかが判るところが面白かった。下巻は、筆者の国防に対する個人的な思い入れがくどく繰り返されるので飛ばし読み。セリフだけ拾ってけば、ストーリーは追えた。プロットがしっかりしているだけに、国防に関する論の展開がもうちょいマシだとさらにリアリティー出て迫力も増したはずだったと思う。一連の事件の発端とされる『論文』が、全く論文の体裁をとっておらず、ただの感想文であるせいで、物語の根底部分で説得力が乏しくなってしまっている。ちなみに売れた小説につきもののの映画化もされているが、原作が分厚い分、映画としてはどうしてもひどく浅薄な作品にならざるを得なかったみたい。大胆に削るところは削らないと映画化は難しいんでしょうね…
2011年6月9日木曜日
2011年6月7日火曜日
2011年6月4日土曜日
グレード5
遂に禁断のナイルでラフティングを体験した。川には難易度ごとに1から6のグレード(世界共通)があるそうだ。ネット上で見つけた説明によると、
グレード1
障害物がなく、さざ波程度の早瀬がある。
グレード2
テクニカルな早瀬があり、ラフトを操作する必要がある。
グレード3
適度な急流があり、継続して操船する必要がある。
グレード4
激流があり、確実な操船能力と高度なテクニックが必要。
ラフティング未経験者が 参加できる最大のグレード。
グレード5
複雑な激流があり、非常に高度なテクニックが要求される。
コマーシャルラフティングが行える最大のグレード。
グレード6
極めて難しい激流があり、船行は不可能に近く、非常に危険。
ということで、日本で出来るラフティングは最大でもグレード4なのだそう。昨日挑んだナイルのグレードは、一番最初の滝が最も低いグレードでグレード4という恐ろしいコース。あとはグレード5のオンパレードで、さすがにグレード6の箇所は陸に上がり徒歩で移動したが、当たり前のように落水し、住血吸虫の棲む川の水をがぶ飲みした…
恐怖は、滝つぼに落ちること。まず、どっちが上(水面)なのかが分からない。息が苦しくなるまでその状態が続き、マズイ――と焦りが沸いてくる。それでもどちらが上か分からない。視界は薄暗いままだった。この間、20-30秒くらいだったかなあ。もっと短かったかもしれないが、最終的に視界に白い光が現れてそれが水面だと分かるまで、パニックになるなと言う方が難しい。帰ってグレードについて調べたら、案の定、グレード5は初心者向きではないって書いてあるし…そりゃそうやわ…この安全基準のゆるさも海外なればこそやろうけどさ。
水面から顔を出してゲホッゲホッと水を吐き出し、ラフトに引き上げられて初めて後ろを振り返った。滝つぼにラフトが落ちていくところで落水し、引き上げられたのは滝つぼを抜けた辺りだった。距離にして20-30mだろうか。水面に顔を出そうと必死に上へもがいても上がれなかったのは、水流が早過ぎて頭を抑えつけるような格好になったからかな、などと思いつつ、どうすればこのリスクをコントロールできるかを考えてみたが、全く想像もつかない。次の滝からは漕ぐのを放棄してラフトにしがみつくことに専念し、何とか滝つぼでの落水はこの一度で済んだ。
――落水さえしなければ、目の前から2-3mはある壁のような波をかぶったり、落差のある段差を空中に放り出されるようにして一気に駆け下りたり、流れが緩やかなところでは珍しそうな鳥がそこかしこに見られてリバーカヤックのようなのんびり気分を味わえたり――と、それなりに楽しいとは思うのだが。リスク・コントロールできない後味の悪さはぬぐいきれない。自然相手の時はなおさら致命的だと分かっているだけに…
グレード1
障害物がなく、さざ波程度の早瀬がある。
グレード2
テクニカルな早瀬があり、ラフトを操作する必要がある。
グレード3
適度な急流があり、継続して操船する必要がある。
グレード4
激流があり、確実な操船能力と高度なテクニックが必要。
ラフティング未経験者が 参加できる最大のグレード。
グレード5
複雑な激流があり、非常に高度なテクニックが要求される。
コマーシャルラフティングが行える最大のグレード。
グレード6
極めて難しい激流があり、船行は不可能に近く、非常に危険。
ということで、日本で出来るラフティングは最大でもグレード4なのだそう。昨日挑んだナイルのグレードは、一番最初の滝が最も低いグレードでグレード4という恐ろしいコース。あとはグレード5のオンパレードで、さすがにグレード6の箇所は陸に上がり徒歩で移動したが、当たり前のように落水し、住血吸虫の棲む川の水をがぶ飲みした…
恐怖は、滝つぼに落ちること。まず、どっちが上(水面)なのかが分からない。息が苦しくなるまでその状態が続き、マズイ――と焦りが沸いてくる。それでもどちらが上か分からない。視界は薄暗いままだった。この間、20-30秒くらいだったかなあ。もっと短かったかもしれないが、最終的に視界に白い光が現れてそれが水面だと分かるまで、パニックになるなと言う方が難しい。帰ってグレードについて調べたら、案の定、グレード5は初心者向きではないって書いてあるし…そりゃそうやわ…この安全基準のゆるさも海外なればこそやろうけどさ。
水面から顔を出してゲホッゲホッと水を吐き出し、ラフトに引き上げられて初めて後ろを振り返った。滝つぼにラフトが落ちていくところで落水し、引き上げられたのは滝つぼを抜けた辺りだった。距離にして20-30mだろうか。水面に顔を出そうと必死に上へもがいても上がれなかったのは、水流が早過ぎて頭を抑えつけるような格好になったからかな、などと思いつつ、どうすればこのリスクをコントロールできるかを考えてみたが、全く想像もつかない。次の滝からは漕ぐのを放棄してラフトにしがみつくことに専念し、何とか滝つぼでの落水はこの一度で済んだ。
――落水さえしなければ、目の前から2-3mはある壁のような波をかぶったり、落差のある段差を空中に放り出されるようにして一気に駆け下りたり、流れが緩やかなところでは珍しそうな鳥がそこかしこに見られてリバーカヤックのようなのんびり気分を味わえたり――と、それなりに楽しいとは思うのだが。リスク・コントロールできない後味の悪さはぬぐいきれない。自然相手の時はなおさら致命的だと分かっているだけに…
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