2012年9月27日木曜日
2012年9月24日月曜日
重たい歴史もの
ウガンダに戻ってきた。成田出発当日に買ったDVDが『沈まぬ太陽』と『ラスト・キング・オブ・スコットランド』だなんて、我ながらちょっと病的でさえある。(言い訳すると、本当は別の作品を探していた。『マネーボール』と『素敵な金縛り』――暗くないと思う)
以下、たまには感想を。
『沈まぬ太陽』
やっぱり映像化するとシラケるんだな、と再確認。ある程度予想はしていたのでそんなにがっかりはしなかったが、全編に渡って主演男優の力量に寄りかかっている感じは否めない。
30年間に渡るストーリーゆえ話を追うだけで精一杯になってしまうのは仕方がないところだ。が、辛酸をなめさせられたはずの海外駐在“たらい回し”の描写があっさりし過ぎていて全然辛そうに見えなかったり、こんなわざとらしいのも最近では珍しいな、と思うほど不自然なCGが目に付いたり(…ロケでお金を使い果たしちゃったのだろうか??)。ケニアのエピソードをちゃんと現地で撮影し、貧しさを前面に出すことなくわりと普段着のナイロビの街の様子なんかを挿入しているところは好感が持てたけど。
あとは、個人的に関心があるからというのもあるが、物語の基調となる御巣鷹山の事故をもうちょっと丁寧に描いて欲しかった。ボイスレコーダー、生存者の証言、ご遺族の声はいずれもネットで簡単に入手できるわけだから、それなりに見聞きしている者の目にも耐えられるレベルで作ってほしいものだ。また、冒頭に事故のシーンをもってくるのはあざとさが鼻につき、映画に引き込まれるきっかけを失った。
ところで、以前、原作小説を読んだ時はそれほど意識していなかったが、主人公は実在の人物をモデルとしながら、その経歴等は随所で都合よく書き換えられていることが知られている。原作者も「フィクション」と断ったうえでのことなので形式上は問題ないが、実際にあった事件や出来事が散りばめられたストーリーということもあり、どこまでが事実で、どこからか先がフィクションなのかが見えにくいのは確かに危うい。全部がノンフィクション(=事実)に見えてしまう可能性を危惧する声も少なくないようだ。
ただ、こうした事態は、悪役にされてしまった実在のモデルたちにかえって「言い訳」の機会を与えることになったのではないかと思う。わが国のナショナル・フラッグ・キャリアが腐っていることは、ニュースからも、実際のサービスからも日々実感されることだ。原作の描く出来事すべてが事実でないのは明白だが、「火のないところに煙は立たぬ」であろうと思わせる現実があるのもまた、事実である。ツルのマークを復活させる悪趣味な懐古趣味があるのなら、一度じっくり原作を熟読してみればいいのに、と心から思う。
『ラスト・キング・オブ・スコットランド』
初めて観たのはミンダナオにいた頃だった。当時はまだ、半年後にウガンダに赴任するとは思ってもみなかったため、残酷な拷問シーンに辟易してDVDをホテルの部屋に置いてきたと記憶している。今回、久しぶりに観たわけだが、件のシーンは早送りにした。再見の理由は、「随所で『あ、これあそこだ』って思うよ」との在留日本人のもっぱらの評判が気になってたから。初見の時は気にもしなかったが、本作品はほぼ全編がウガンダ・ロケで撮影されたのだ。
ウガンダに遊びに来てくれるお客さんを、必ず連れて行く伝統的ダンスショーがある。そのショーの座長でMCのおっちゃんがいるのだが、芸人張りのジョークとトークですこぶる盛り上げ上手なのだ。その彼のよくやるジョークに「私はアミン時代の保健大臣だったんですけどね、…」というのがあり、ウガンダ人には受けるのだが、私はいつも「?」となっていた。今回本作品を再見して、やっとその謎が解けというわけだ。おっちゃん、保健大臣の役でこの映画に出演してたんだ(笑
カンパラの街並みに信号がちらりと映る場面があり、思わず巻き戻してコマ送りで確認。時代考証なのか、今あるのとは違う形だった。街の中心部といえば今でもごく限定されたエリアなので、確かに『あ、これはあそこだ』のオンパレードだった。その同定を目的に再見し、結果十分に楽しめたので、ストーリーに関する所感は特にない。ちなみに、「エンテベ奇襲作戦」当時の空港ターミナルは(もう使用されていないが)現在も当時のまま存在するとのこと。壁に弾痕も残っているのだそうだ。
以下、たまには感想を。
『沈まぬ太陽』
やっぱり映像化するとシラケるんだな、と再確認。ある程度予想はしていたのでそんなにがっかりはしなかったが、全編に渡って主演男優の力量に寄りかかっている感じは否めない。
30年間に渡るストーリーゆえ話を追うだけで精一杯になってしまうのは仕方がないところだ。が、辛酸をなめさせられたはずの海外駐在“たらい回し”の描写があっさりし過ぎていて全然辛そうに見えなかったり、こんなわざとらしいのも最近では珍しいな、と思うほど不自然なCGが目に付いたり(…ロケでお金を使い果たしちゃったのだろうか??)。ケニアのエピソードをちゃんと現地で撮影し、貧しさを前面に出すことなくわりと普段着のナイロビの街の様子なんかを挿入しているところは好感が持てたけど。
あとは、個人的に関心があるからというのもあるが、物語の基調となる御巣鷹山の事故をもうちょっと丁寧に描いて欲しかった。ボイスレコーダー、生存者の証言、ご遺族の声はいずれもネットで簡単に入手できるわけだから、それなりに見聞きしている者の目にも耐えられるレベルで作ってほしいものだ。また、冒頭に事故のシーンをもってくるのはあざとさが鼻につき、映画に引き込まれるきっかけを失った。
ところで、以前、原作小説を読んだ時はそれほど意識していなかったが、主人公は実在の人物をモデルとしながら、その経歴等は随所で都合よく書き換えられていることが知られている。原作者も「フィクション」と断ったうえでのことなので形式上は問題ないが、実際にあった事件や出来事が散りばめられたストーリーということもあり、どこまでが事実で、どこからか先がフィクションなのかが見えにくいのは確かに危うい。全部がノンフィクション(=事実)に見えてしまう可能性を危惧する声も少なくないようだ。
ただ、こうした事態は、悪役にされてしまった実在のモデルたちにかえって「言い訳」の機会を与えることになったのではないかと思う。わが国のナショナル・フラッグ・キャリアが腐っていることは、ニュースからも、実際のサービスからも日々実感されることだ。原作の描く出来事すべてが事実でないのは明白だが、「火のないところに煙は立たぬ」であろうと思わせる現実があるのもまた、事実である。ツルのマークを復活させる悪趣味な懐古趣味があるのなら、一度じっくり原作を熟読してみればいいのに、と心から思う。
『ラスト・キング・オブ・スコットランド』
初めて観たのはミンダナオにいた頃だった。当時はまだ、半年後にウガンダに赴任するとは思ってもみなかったため、残酷な拷問シーンに辟易してDVDをホテルの部屋に置いてきたと記憶している。今回、久しぶりに観たわけだが、件のシーンは早送りにした。再見の理由は、「随所で『あ、これあそこだ』って思うよ」との在留日本人のもっぱらの評判が気になってたから。初見の時は気にもしなかったが、本作品はほぼ全編がウガンダ・ロケで撮影されたのだ。
ウガンダに遊びに来てくれるお客さんを、必ず連れて行く伝統的ダンスショーがある。そのショーの座長でMCのおっちゃんがいるのだが、芸人張りのジョークとトークですこぶる盛り上げ上手なのだ。その彼のよくやるジョークに「私はアミン時代の保健大臣だったんですけどね、…」というのがあり、ウガンダ人には受けるのだが、私はいつも「?」となっていた。今回本作品を再見して、やっとその謎が解けというわけだ。おっちゃん、保健大臣の役でこの映画に出演してたんだ(笑
カンパラの街並みに信号がちらりと映る場面があり、思わず巻き戻してコマ送りで確認。時代考証なのか、今あるのとは違う形だった。街の中心部といえば今でもごく限定されたエリアなので、確かに『あ、これはあそこだ』のオンパレードだった。その同定を目的に再見し、結果十分に楽しめたので、ストーリーに関する所感は特にない。ちなみに、「エンテベ奇襲作戦」当時の空港ターミナルは(もう使用されていないが)現在も当時のまま存在するとのこと。壁に弾痕も残っているのだそうだ。
2012年9月7日金曜日
reflection
自分の経験の棚卸作業が必要になって、ボランティアだった頃のブログを久しぶりに読み返してみた。今と違って、仕事のこともオープンに書いており、我ながら恥ずかしくも面白く読んだ。
当時は自分のやっている事の小ささ(それでいて、その小さなことさえままならない非力さ)にどこかゲンナリしていたと記憶しているが、あらためて書きものをたどって振り返ってみると、今なら「こんなことまで?」と思うような細かいことまで、1つ1つこだわりを持って、理屈を付けて、それが通用するかどうかはともかく、めげずにやっていたんだなあと思った。
就職してから年々、携わっている仕事は大きくなる一方だが、それはもちろん、私個人がどうこうではなく、そういう職場にいるってだけの話だ。ただ、フィリピンでの仕事は、ボランティアの時もコンサルタントの時も、どこか孤立無援の闘いを強いられていたので、その点が今とは大きく違う。原点はやはり大学時代のキャンプだと思うが、チームで働く方が孤軍奮闘するより何倍も楽しいし、のびのびと自分の能力も発揮でき、やりがいも感じる。少数精鋭が理想だとすれば、今はその環境にあると思う。
当時は自分のやっている事の小ささ(それでいて、その小さなことさえままならない非力さ)にどこかゲンナリしていたと記憶しているが、あらためて書きものをたどって振り返ってみると、今なら「こんなことまで?」と思うような細かいことまで、1つ1つこだわりを持って、理屈を付けて、それが通用するかどうかはともかく、めげずにやっていたんだなあと思った。
就職してから年々、携わっている仕事は大きくなる一方だが、それはもちろん、私個人がどうこうではなく、そういう職場にいるってだけの話だ。ただ、フィリピンでの仕事は、ボランティアの時もコンサルタントの時も、どこか孤立無援の闘いを強いられていたので、その点が今とは大きく違う。原点はやはり大学時代のキャンプだと思うが、チームで働く方が孤軍奮闘するより何倍も楽しいし、のびのびと自分の能力も発揮でき、やりがいも感じる。少数精鋭が理想だとすれば、今はその環境にあると思う。
2012年9月6日木曜日
2012年9月3日月曜日
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