2011年7月29日金曜日

ノルウェーの海



フィヨルドを上から見たり、



@プレイケストーレン、ノルウェー
海抜600mの断崖絶壁!)




カヤックで下から間近に見たり。
(雨でもハイテンション、カヤック好きにならきっと分かるはず。)




こんな地層や、



(緑は苔、黒はムール貝の群生、オレンジは錆びだそう)




アザラシ天国。



@リセボーテン、リーセフィヨルド、ノルウェー





海抜1,000mに挟まった岩に



@シェラーグ、ノルウェー



膝立ちになってみたり。
(一歩間違えたらフィヨルドへ真っ逆さま。)



――完全へっぴり腰やけど(笑
@シェラーグボルテン、ノルウェー




満喫してカンパラに帰ってきた。



季節はすっかり乾季、パイナップルがシーズンだ♪




2011年7月24日日曜日

安否確認

昨日、ノルウェーの首都オスロと近郊で、爆破と銃乱射の連続テロが起きた。私は一昨日からリセボーテンという片田舎におり、今後オスロに行く予定もないので、さしあたって影響はない。が、休暇先にまでついてくる『テロ』には心底うんざりだ。爆弾テロがないから任地に選んだウガンダでも、ヨーロッパではこの手のテロとは無縁だったノルウェーでも。もういい加減にしてほしい。

カンパラのテロも7月だった。7月の怒り、再び、である。しかし、今回は爆発音を聞いたわけでもなく、テロの一報に接しても自分が動揺していないのが分かり、少々苦々しい。こんなことには慣れたくないのだけれど。


港に停泊中のヨットも半旗だ。

於リセボーテン、ノルウェー

2011年7月18日月曜日

エンテベ空港にて

エンテベ空港で出国便を待っている。今日もお店に掛け合い、チャンネルを女子W杯に合わせてもらう。今、21時過ぎ、TV中継が始まったところだ。ボーディングタイムは22時50分からというから、せっかくの決勝だが後半開始直後くらいまでしか観られない。…ていうか、まさか決勝の日時が自分の旅行に関係してくるなんて思ってもみなかった…女子W杯がこの時期にあることは辛うじて知っていたけれど。

アムステルダム行きの便は、乗継がいいのか、アメリカ人だらけである。周りを囲まれているが、搭乗するまで力一杯応援します。

旅の行き先はノルウェー。はじめての北欧は、思いつきで『フィヨルドでカヤックをしよう!』というテーマ設定にしてみた。ついでに軽いハイキングも予定しており、 久しぶりにバックパックをかついで歩きます。物価があまりに高いので、荷物の半分は食糧です(笑

2011年7月15日金曜日

ドジ

一泊の地方出張で、かつてないほど大量の忘れ物をした。カメラ、歯ブラシ、コンタクト(ワンデイ)…幸い仕事関係のものはちゃんと持って行ってたが。ひと晩ミネラルウォーターにつけて、ムリやり今日も装着したコンタクトが一番きつかった。

2011年7月11日月曜日

涼をとる



そろそろ乾季だ。




いつもの場所に出かけたら、先客たちが水浴び中。
住血吸虫なんのその(笑










暑いの~。



2011年7月10日日曜日

7月9日

南スーダン独立の日に、なでしこがドイツに勝った!興奮して眠れません。

4.5



街の靴屋さん。





引っ掛けるために、なんと全ての靴の靴底に釘が刺さってた…
ここじゃフツーのことらしい。






今日の戦利品。





まさかのブランドもんゲット。
メード・イン・ベトナムとなむ。







しかしね サイズも何も 読めたもんじゃない(笑





セカンドハンドなのか、
ベトナムからここまで流れ着く間に擦り切れたのか。



来週からの休暇に備え、登山靴を探していた。ハイキング程度なので、そんなに本格的である必要はないものの、手持ちの靴はどれも街歩き用で裏が平らなので、どうしても購入する必要があった。

いつも行くモールやディスカウントストアにもあるにはあったのだが、サイズが大き過ぎてダメだった。私の足は、UK4.5/US7.5ということらしい。結局、運転手アイバン君が、平日の昼間にいくつか目ぼしい店を見繕っておいてくれて、土曜の今日、買いに行った。一軒目では、やはりサイズがなく、少々がっくりしたが、二軒目のお店でようやくサイズの合う山用の靴に巡りあえたのだった。一点ものなので(というか、基本的には、どこかから流れ着いた靴の山なので)、デザインも色も、選ぶ余地なし。その割には、当りの靴だと思うな。

ちなみに、山に行っていた頃のトレッキングシューズは、日本においてきた。ウガンダで山に登る可能性もなくはないが、なんせかさばるのがネックで、赴任の時も、一時帰国の時も、一度は荷物に詰めながら、『やっぱやめた』となったのだった。それが急に思いついた旅に必要になって――行き先などは、またあらためて。

2011年7月9日土曜日

ピンクのわけ






何てことない街角で。
@ Entebbe Roadのカンパラ寄り



ピンクの建物はごく一般的な小売店だが、なぜピンク色なのかというと、コレ、実は携帯会社の広告だ。こうして建物ごと広告塔として使ってもらい、店は広告費を稼ぐ。もちろん、店内ではこのピンクの携帯会社のプリペイドカードも売っているのだろう。

こうした宣伝方法は、街中や幹線道路沿いで広く見られる。携帯会社なら、黄色とか、青&赤とか。他に、塗装インクや洗剤の広告もよく見かける。小売店の建物を丸ごと広告塔にし、場合によっては店内の設備もちょっと補助してあげる――それでも、わざわざ看板を立てるのよりよっぽど安上がりで、おまけに自社製品の取扱店まで確保できるというわけだ。うまいことWin-Winな関係を築き、BOPビジネスの普及に一役買っているとも言われる宣伝方法なんだそうだ。

2011年7月8日金曜日

何となく

何となくせわしない一週間。何となく、というのがタチが悪い。

2011年7月7日木曜日

はやりうた

このごろ都にはやるもの インフレ、停電、ストライキ  
――2011年6月、カンパラ、詠み人知らず


「夜討 強盗 にせ綸旨(りんじ)」と詠んだ“建武の新政”は2-3年で終わったけど、ここじゃ現職大統領が1986年からずっと権力の座に座り続けている。スケープゴートにされる潜在的な危険性は常にはらんでいると思う。

ウガンダシリングの対ドルレートは、何もなくても日々落ちていくのだが、先月末にガクッと落ちる日があった。中央銀行が慌てて介入したため、極端なことにはならなかったが、折からの石油価格の高騰ですでに苦しくなっていた庶民の暮らしが、また一歩限界に近づいた。

ちなみに、2010年3月に越して来た時、1USD=2,090シリングだったのが、今は1USD=2,600シリング近くになっている。最安値を更新した先月29日は、2,700シリングに迫る勢いだった。また、石油価格の高騰は、世界中で物価高を惹き起こすが、海をもたず且つトラック輸送に頼る内陸国(=ウガンダのこと)では、よりダイレクトな影響をもたらす。ガソリン代は赴任時リッター2,000シリングほどだったが、今は3,600(=約1.4USD)シリングを超えている。これが、ケニアのモンバサ港から運ばれてくる、あらゆる物品の値段にはねかえり、全体的な価格高騰につながっている。

シリングの下落は、ドルで契約している民間発電業者からの電力買取にも影響し、政府は業者に電力買取料金を払えず、かさむ未払いに業を煮やしたヨーロッパ系の発電業者たちは、昨日からとうとう発電所をひとつ、またひとつと、止め始めた。電力不足への対応で負荷規制(=停電)をせざる得ないのは、日本だってウガンダだって同じだ。ただし、ウガンダの場合は朝6時から夕方6時、とか、24時間、とか、かなりドラスティックに停められてしまうわけだけど。私の生活圏内では、まだ影響は軽微だが、このような負荷規制が続けば、そのうち何らかの不便はこうむるだろう。まあ、仕方あるまい。

そんな中、今日、仕入れ値は高騰するは、消費者の購買力は落ちるはで、商売あがったりの小売店主らが、2日間のストライキを始めた。地元メディアを見る限り、概ね怒りの矛先は政府に向いているとの報道だが、なぜかBBCだけ『中国人商店に対する嫌悪感も背景事情のひとつ』との触れ込みを行っている。政府側から何らか働きかけがあったのかもね(内に問題がある時は、外に目をそらすのが古今東西の常套手段)。

2011年7月2日土曜日

新年度

ウガンダの会計年度は7月から始まる。でも、必ずしも、学校や世の中の色んなサイクルと一致しているわけではないみたい。

日本の年度がなぜ4月から始まるのかは知らないが、桜が満開の時期に新年度てのは、なかなかよく考えられた仕掛けだと思う。どことなく晴々とした気分になるものね。年中同じ季節の土地にいると、なおさらそう思う。

2011年7月1日金曜日

折り返し

2011年も半分が過ぎた。あっという間に感じるくらい、毎日取り組むべきことがあることに感謝せねばなるまい。転がるように2012年に向かって――色々と考えなきゃいけない時期に入るので、今年後半は次への「助走」だと思って過ごしたい。

つーっか、アンタいつまで「助走」してんだ?って突っ込みはなしで。