2012年4月26日木曜日

球技観戦

欧州チャンピオンズリーグも大詰め。昨日勝った監督代理は、灰皿で殴られた歌舞伎俳優に似てる気がするのだが、どうだろう。

開幕17試合でたったの5勝、うち3勝が同じ投手という我がライオンズ。オールドファンは負けるのに慣れていないんだから、そろそろ勘弁してほしい。

2012年4月19日木曜日

お弁当

ちょっとした手違いがあり、手作り弁当をいただけたお昼ご飯。ひと口めは、ほとんどホームシックだった。

食べ物って本当にホームシックのきっかけになる。以前、母のレシピで鶏の唐揚げを作り、ひと口食べた瞬間「しまった!」(ホームシックになった)と思ったことがあり、以来無意識に家の味を思い出しそうなものは避けるようになった。今日の場合は、味はもちろん家とは違ったが、手作りの心が乗ったご飯が琴線に触れたのだと思う。忙しいのもあと少し、頑張れ。

2012年4月15日日曜日

お腹すいた

買い物袋を職場に忘れてきた。明日も出るから取りに戻るのは面倒だ…テンション下がる休日出勤帰り。

2012年4月13日金曜日

ラテン系・・・?

TVで映画『Memory of Anne Frank』(邦題:アンネの追憶)を半分だけ観た。途中で観ていられなくなり断念。調べたら元々イタリアのTVドラマだったらしく、少しは納得できたが――登場人物がみんな英語で話し(まあ、これはよくあることとしても)、収容所のアンネの血色が良過ぎ、物語の流れもダイジェストを見ているような浅さと軽さがあって――さすがに“失礼”という言葉が思い浮かんでしまった。

日本ではちょうど今月から公開なんだそうだ。

収容所のアンネは血色がよく頬がふっくらしているだけでなく、ボーイッシュなショートカットになっていた。収容所の中では男女とも丸刈りではなかったか。また、親友と再会する場面に母親が出てくるのも史実と違うはずだ。大河ドラマじゃないんだから、特にこういう重いテーマを扱う場合には勝手に色々と変えるもんじゃないと思う。少なくとも、歴史上の事実に真摯に向き合った形跡くらいは見せないと。

2012年4月12日木曜日

他人

鶏肉のかわりにソーセージ、醤油のかわりにソース、だしの素のかわりにマギーを使って、他人丼を創作。結果は――“他人”のままだったかなあ(笑

2012年4月10日火曜日

タブレット雑誌

タブレットで雑誌を購入してみた(実は初めて)。この雑誌が特に、なのかもしれないが、写真がむちゃくちゃ綺麗なのと、紙媒体では表現できない3Dコーナーがいくつもあって、それなりにお得感を味わえた。

2012年4月8日日曜日

世紀

来週の日曜日はタイタニック号沈没100周年なんだそうで、俄かに関連の特番が増えている。長く人々の記憶にとどまる事件、事故というのは他にいくつもあると思うが、欧米の人たちのタイタニックへの執着というのは、悲しみよりも熱狂に近いように見える、一種不思議な現象だと思う。

◆ ◆ ◆

つい数日前、大西洋の水底に眠るタイタニック号がユネスコの文化遺産として登録されたというニュースがあった。曰く、遺品はオークションなどで高値で取引されるため、今でも“遺品荒らし”が絶えず、保護が必要なのだそう。一度に多くの命が奪われた現場に転がっている物に、どうしてそんなにも魅力があるのか。例えば、911のグランドゼロや御巣鷹山で同じ現象が起きるかと言ったら、まずあり得ないことかと思う。日本人的感覚で言えば、慰霊やお祓いの対象にこそなれ、それを金銭取引のネタにするなんて「不謹慎」とか「死者に失礼」といったところだろう。

では、なぜ、沈没船を見つけてガッツポーズする博士がいたり、長年に渡って探索を続ける映画監督がいたりするのだろうか。想像するに、タイタニックは一義的には人々の憧れの対象であり、悲劇はそれを引き立たせるスパイス的な役割を果たしたということではないかと思う(もちろん、1,500名以上の死者が「スパイス」だなんて個人的には理解しかねる感覚だが)。

事故が起きた1912年は、時系列上は20世紀だが、世界大戦が起きる直前であり、歴史上の区切りとしては「19世紀の最後の数年間」に分類すべきタイミングかと思う。まだ貴族が華々しき頃の瀟洒の粋を結集したような豪華客船のつくりが、20世紀生まれの者の目にはリアルな時代絵巻を見るような感覚を与え、同時に(特にヨーロッパ世界にとっては)世界大戦、世界恐慌と「転げ落ちて行く」時代の前の、“古き良き”時代への思慕をもかき立てるのか。

非欧米人の視点からすると、沈みゆく船が欧州没落と重なって見えなくもなく、そういう意味でタイタニック号の事故は時代を象徴するような出来事だったと思えたりするのだが。今日なお続くタイタニック号への執着ぶりを見るにつけ、欧米の人々にとってのタイタニックはどうやら、「夢」とか「憧れ」、「誇り」といったポジティブな感情から来る好奇心を惹き起こす存在のようだ。

2012年4月6日金曜日

桜の時期を逃して早6年目。最後に見たのは、訓練所にいた時だ――あれからもう6年もたったのか。初日、北上する新幹線から見た日本晴れの富士と桜は今でもよく覚えている。

早起き

何もないのにアドレナリンが出て目が覚めてしまった、午前5時半。興奮するような夢でも見てたのかな?

2012年4月5日木曜日

空腹

お腹がすき過ぎると、眠るのさえ難しくなる。睡眠にも体力が必要なのかな。

2012年4月4日水曜日

夢でも

繁忙期はいつもより30分とか1時間、早く出る日も出てくる。早起きが苦手ゆえ、ギリギリにばたばたと下りて行くのが常なわけだが。そんな余裕のなさが伝わったのか、いつもは都合のいい夢ばかり見る運転手のアイバン君が、最近見た夢とは――

僕とマダムが一緒に飛行機に乗ってたんだけどねー、ディレイしてなかなか出発しないの。そしたらマダムが「ミーティングに遅れる」って言いだしてね、「もうこの飛行機じゃ間に合わない!降りる!!」って言うから、僕は途方にくれました。

…となむ(笑 飛行機降りて、どんな方法で行くつもりだったのでしょうか、私。

2012年4月3日火曜日

今週末は

2年連続どこにも行けないイースター。位置づけ的には5月の連休のかわりみたいなもんなんだが。せめて朝はゆっくり起きよう。

2012年4月2日月曜日

週末映画

わが家の衛星TVには映画チャンネルもいくつかあるが、予算が足りないのか聞いたことあるような有名作品は滅多にやってない。かと言って選りすぐりの掘り出しものを並べているわけでもなく、普段はまずチャンネルを合わせることもないのだが。

出張続きで疲れ果てた土曜の夕方、今日は何もしない日と決め込んでTVの前に陣取り、欧州サッカーもいい加減見飽きてきたところで久々に映画チャンネルに合わせてみた。


以下、読書ではないが、いつもの勝手な感想文。

『The Interpreter』 (2005年、米)

チャンネルを合わせたらやってる途中で、多分3分の1くらいから観たんだと思う。若い金髪のお姉さんが何となーく見覚えがある気がして調べたら、二コール・キッドマンでびっくりした。こんなに若かったっけ?外見20代でも通用する40代。恐るべし。

主人公が国連の通訳という設定だったのでつい観てしまったが、中途半端に国連の宣伝、アフリカの紛争、サスペンス、恋愛が混ざり合っていて、ハリウッドらしい、浅薄などっちつかずの映画だった。国連本部内での撮影が許可された初めての映画、というのが売りなだけあって、ズッコケたくなるよな国連礼賛のセリフが散りばめられており(おそらくそれを条件に許可したのだと思われ)、感情移入どころかチャンネルを回したくなる衝動を抑えるのが大変難しかった。

最初に興味をそそった通訳シーンはちらっと出てきただけだったが、同時通訳のヘッドホンを耳に当ててする会議ってのはワケもなくわくわく(うきうき?)して好きだ。今まで一度だけそんな会議に出席するチャンスがあったが、自分の拙い英語が瞬時に仏語に訳されていくのを聞いて何だか光栄な気分になったものだった。



『King's Speech』 (2010年、英)

こちらはオスカー受賞作だから何となく聞き覚えがあり、時間になったらチャンネルを合わせ最初から観た。相変わらず、歴史ものが好きだ。チャーチルやネヴィル・チェンバレンが出てきてはニヤっとしたり(格好からしゃべり方まで、ほとんどモノマネの世界)、にわか英国ロイヤルファミリー・ウォッチャー気分を味わったり(主人公の長女が現女王)。

わが方にもロイヤルファミリーは存在するが、“元・神様”のそれと英国王室とではつくづくノリが違うな、と思う。英国王室はスキャンダルもあけっぴろげで、どちらかというと「大奥」のノリではないかと思う。好きな人と結婚できないなら王様辞めます、てな理屈が通ってしまうあたり(エドワード8世)、「王である前にひとりの人間」とうい前提が、本人たちだけでなく、広く人々にも一応受け入れられていることがうかがえる。

仮に、万が一、わが方でこんなことがあったとしたら、少なくとも表向き別の理由を作るくらいのことはして、できれば揉み消したいといったところだろうか。また、わが方のロイヤルファミリーが映画やドラマになることもまず考えられない。大昔の話でさえ、たとえば大河ドラマでエンペラーが登場することはあっても、その私生活を描くことなどほぼ無いのだから。隠すことで有難みを醸成しようとするあたり、いかにも日本人らしい発想だと思うのだが、どうだろうか。元・神様もタイヘンである。

と、映画の本筋には必ずしも沿う形で感想を持ったわけではなかったが、この時代、この王様を主人公に映画を作ったところに絶妙だなあと感心してしまった。20世紀は大きな戦争が2度もあったので、どうしてもその間の期間というのは「オマケ」のような扱いになってしまいがちである。もちろん、イギリスの人たちにとっては身近な歴史なんだろうとは思うが、日本人の私には、エドワード8世だってジョージ6世だって、世界史を習ったときに一応暗記しているはずだが、せいぜい名前とスグ辞めた(在位期間が短かった)ことくらいしか覚えていない。「王冠をかけた恋」も、言われればそんなのもあったっけね、ってな程度だろう。

しかし、ストーリーの中で歴史的背景の説明はほとんどなされないにもかかわらず(歴代首相のそっくりさん登場と、ヒトラーの演説風景が挟まれてるくらい)、吃音症に追いつめられる主人公の苦悩ぶりが、否応なく転げ落ちて行く時代の雰囲気をよく映しており、最後の演説シーン――対独宣戦布告を国民に告げる重要な演説――がきちんと盛り上がる仕掛けになっていた。後から調べたら、ジョージ6世とエリザベス妃は大戦中の士気高揚にずい分と貢献し、国民からの人気も高かったそうだ。そこまでは描かれていないが、吃音症を克服する王様の姿と、本土侵攻まであと一歩のところまで追いつめられながら跳ね返した自国の歴史とを重ね合わせて見ているのがよく伝わってきた。