2012年4月2日月曜日

週末映画

わが家の衛星TVには映画チャンネルもいくつかあるが、予算が足りないのか聞いたことあるような有名作品は滅多にやってない。かと言って選りすぐりの掘り出しものを並べているわけでもなく、普段はまずチャンネルを合わせることもないのだが。

出張続きで疲れ果てた土曜の夕方、今日は何もしない日と決め込んでTVの前に陣取り、欧州サッカーもいい加減見飽きてきたところで久々に映画チャンネルに合わせてみた。


以下、読書ではないが、いつもの勝手な感想文。

『The Interpreter』 (2005年、米)

チャンネルを合わせたらやってる途中で、多分3分の1くらいから観たんだと思う。若い金髪のお姉さんが何となーく見覚えがある気がして調べたら、二コール・キッドマンでびっくりした。こんなに若かったっけ?外見20代でも通用する40代。恐るべし。

主人公が国連の通訳という設定だったのでつい観てしまったが、中途半端に国連の宣伝、アフリカの紛争、サスペンス、恋愛が混ざり合っていて、ハリウッドらしい、浅薄などっちつかずの映画だった。国連本部内での撮影が許可された初めての映画、というのが売りなだけあって、ズッコケたくなるよな国連礼賛のセリフが散りばめられており(おそらくそれを条件に許可したのだと思われ)、感情移入どころかチャンネルを回したくなる衝動を抑えるのが大変難しかった。

最初に興味をそそった通訳シーンはちらっと出てきただけだったが、同時通訳のヘッドホンを耳に当ててする会議ってのはワケもなくわくわく(うきうき?)して好きだ。今まで一度だけそんな会議に出席するチャンスがあったが、自分の拙い英語が瞬時に仏語に訳されていくのを聞いて何だか光栄な気分になったものだった。



『King's Speech』 (2010年、英)

こちらはオスカー受賞作だから何となく聞き覚えがあり、時間になったらチャンネルを合わせ最初から観た。相変わらず、歴史ものが好きだ。チャーチルやネヴィル・チェンバレンが出てきてはニヤっとしたり(格好からしゃべり方まで、ほとんどモノマネの世界)、にわか英国ロイヤルファミリー・ウォッチャー気分を味わったり(主人公の長女が現女王)。

わが方にもロイヤルファミリーは存在するが、“元・神様”のそれと英国王室とではつくづくノリが違うな、と思う。英国王室はスキャンダルもあけっぴろげで、どちらかというと「大奥」のノリではないかと思う。好きな人と結婚できないなら王様辞めます、てな理屈が通ってしまうあたり(エドワード8世)、「王である前にひとりの人間」とうい前提が、本人たちだけでなく、広く人々にも一応受け入れられていることがうかがえる。

仮に、万が一、わが方でこんなことがあったとしたら、少なくとも表向き別の理由を作るくらいのことはして、できれば揉み消したいといったところだろうか。また、わが方のロイヤルファミリーが映画やドラマになることもまず考えられない。大昔の話でさえ、たとえば大河ドラマでエンペラーが登場することはあっても、その私生活を描くことなどほぼ無いのだから。隠すことで有難みを醸成しようとするあたり、いかにも日本人らしい発想だと思うのだが、どうだろうか。元・神様もタイヘンである。

と、映画の本筋には必ずしも沿う形で感想を持ったわけではなかったが、この時代、この王様を主人公に映画を作ったところに絶妙だなあと感心してしまった。20世紀は大きな戦争が2度もあったので、どうしてもその間の期間というのは「オマケ」のような扱いになってしまいがちである。もちろん、イギリスの人たちにとっては身近な歴史なんだろうとは思うが、日本人の私には、エドワード8世だってジョージ6世だって、世界史を習ったときに一応暗記しているはずだが、せいぜい名前とスグ辞めた(在位期間が短かった)ことくらいしか覚えていない。「王冠をかけた恋」も、言われればそんなのもあったっけね、ってな程度だろう。

しかし、ストーリーの中で歴史的背景の説明はほとんどなされないにもかかわらず(歴代首相のそっくりさん登場と、ヒトラーの演説風景が挟まれてるくらい)、吃音症に追いつめられる主人公の苦悩ぶりが、否応なく転げ落ちて行く時代の雰囲気をよく映しており、最後の演説シーン――対独宣戦布告を国民に告げる重要な演説――がきちんと盛り上がる仕掛けになっていた。後から調べたら、ジョージ6世とエリザベス妃は大戦中の士気高揚にずい分と貢献し、国民からの人気も高かったそうだ。そこまでは描かれていないが、吃音症を克服する王様の姿と、本土侵攻まであと一歩のところまで追いつめられながら跳ね返した自国の歴史とを重ね合わせて見ているのがよく伝わってきた。

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