どうにも収まりがつかないようだ。今日も朝から街中で衝突だそうだ。当然のように催涙ガスも撒かれている模様――もはや驚きもしない。今日は(日本の休日にあわせ)仕事も休みなので、おとなしく家にいる。
せっかく選挙が無事に終わったというのに、今月は本当にどうしたというのだろう?権力の側とて、選挙でちゃんと勝ったんだから、平和なデモ隊に暴力的な介入を行うこともないのだ。与党も野党も先の見通しなく無用の暴力騒ぎを続けているようにしか見えない。
2011年4月27日水曜日
夢中
今朝の会議は8時スタートだった。早起きしなければいけない日の前夜は、高い確率で眠りが浅い。そして変な夢を見る。夢の内容にはパターンがあり、たいてい以下の3つのどれかである。
1、次の日の予定(たとえば、会議とか)に遅れる夢。
2、学校(高校と思う)に遅刻しそうになって、ダッシュしようとするのに体が動かない夢。
3、卒業間近(高校または大学)に単位が足りないと気付く夢。
…つまりは、『遅れてはいけない』という強迫観念がそのまま投影されたような、とても分かりやすい夢を見るわけだが、正直どれも後味の悪い夢なので、朝からどっと疲れを感じる。夢って、時々見ている最中に「あ、コレは夢だよね?」と気付く時もあるが、この手の夢の最中に気付けたことがない。文字通り“夢中”になってしまっているのでしょうね。
ちなみに、実際の高校3年間は皆勤(正確には中学3年からの4年間皆勤)だった。が、昔から朝は苦手だったので、夢に出てくるような“ピンチ”は何度もあり、よく市ヶ谷の駅からの坂道を鬼の形相でダッシュしたものです。厳密には、礼拝のチャイムが鳴り始めた瞬間に席についていなければならなかったのだが、『そこを何とか…』と出欠を監視する係の子にネゴったことも数回あったかな。
単位不足の夢は自業自得ですね、学部時代の。夢のバリエーションとして、取得が義務付けられている必須の授業が、午前中のたとえば1限とか2限にあり、どうしても起きられない、というのもある。実際の学生生活では、午前中の授業はほとんど取っていませんでした。起きられないのが分かっていたので。でも、幸い、必須の授業はすべて午後だったと記憶しています。
1、次の日の予定(たとえば、会議とか)に遅れる夢。
2、学校(高校と思う)に遅刻しそうになって、ダッシュしようとするのに体が動かない夢。
3、卒業間近(高校または大学)に単位が足りないと気付く夢。
…つまりは、『遅れてはいけない』という強迫観念がそのまま投影されたような、とても分かりやすい夢を見るわけだが、正直どれも後味の悪い夢なので、朝からどっと疲れを感じる。夢って、時々見ている最中に「あ、コレは夢だよね?」と気付く時もあるが、この手の夢の最中に気付けたことがない。文字通り“夢中”になってしまっているのでしょうね。
ちなみに、実際の高校3年間は皆勤(正確には中学3年からの4年間皆勤)だった。が、昔から朝は苦手だったので、夢に出てくるような“ピンチ”は何度もあり、よく市ヶ谷の駅からの坂道を鬼の形相でダッシュしたものです。厳密には、礼拝のチャイムが鳴り始めた瞬間に席についていなければならなかったのだが、『そこを何とか…』と出欠を監視する係の子にネゴったことも数回あったかな。
単位不足の夢は自業自得ですね、学部時代の。夢のバリエーションとして、取得が義務付けられている必須の授業が、午前中のたとえば1限とか2限にあり、どうしても起きられない、というのもある。実際の学生生活では、午前中の授業はほとんど取っていませんでした。起きられないのが分かっていたので。でも、幸い、必須の授業はすべて午後だったと記憶しています。
2011年4月26日火曜日
2011年4月25日月曜日
2011年4月24日日曜日
Just Married!
運転手アイバン君の
お姉さんの結婚披露宴によんでもらった。
二人の名前をプリントしたグラス。
新郎はモスレムで、お姉さんはこの結婚のために改宗だけでなく
「イスラム名」に改名までしたそうな。もとの名前はアンナさんだった。
新郎新婦の入場はステップを踏みながら。
見てたら、入場だけでなく、各テーブルを回る時も
ケーキカットも、引き出物贈呈も、お色直しも…
ひたすらステップ、ステップ、ステップ♪
ウガンダの新郎新婦は体力勝負だと思った。
ナイジェリアでも、フィリピンでも、結婚式にはよく呼んでもらったものだが、ウガンダでは1年以上たった今日が初めてだった。今の暮らしは全然庶民の生活に密着していないからなあ、とあらためて思う(←それが任務ではないためです。念のため)。呼んでくれたアイバン君に感謝。
300人ほどの招待客の中で、ムズング(外国人)は自分だけ。こういう状況、久しぶりでちょっと緊張した。ひとりで“放り込まれる”この感覚――懐かしいけれど、新鮮だった。自分にとっては原点となるような感覚だから、たまにこうやって思い出せるといいのかもしれない。
2011年4月23日土曜日
2011年4月21日木曜日
リスナー
選挙が終わって出番が減っていたラジオだが、せっかく性能がいいし活用を。最近は専ら『Jazz FM』というチャンネルに合わせている。この局、CMもはさまずに、ずーーーっとJazzを流し続けている不思議なチャンネルだ。たまにジングルが流れるので、かろうじて局名だけは分かったけど、どうやって財源を確保しているのだろう??
ラジオはFM局のみのようで、狭い帯域に数十のチャンネルがひしめき合っている。もしかしたらこのラジオの感度が良すぎるだけかもしれないが、混み合っている周波数だと目盛を数ミリ動かすだけで2,3局引っかかる。
『Jazz FM』も左右をルガンダ語の放送局に挟まれていて、日によって(――風向きによって、なのか、天気によって、なのかは分からないけれど)微調整しないときれいに聞こえない。少しノイズが入るくらいの方がラジオっぽくていい、とも言うのかな。
ラジオを日常的に聞くのは、毎晩ライオンズナイターに耳を傾けていた中学の頃以来だ。
ラジオはFM局のみのようで、狭い帯域に数十のチャンネルがひしめき合っている。もしかしたらこのラジオの感度が良すぎるだけかもしれないが、混み合っている周波数だと目盛を数ミリ動かすだけで2,3局引っかかる。
『Jazz FM』も左右をルガンダ語の放送局に挟まれていて、日によって(――風向きによって、なのか、天気によって、なのかは分からないけれど)微調整しないときれいに聞こえない。少しノイズが入るくらいの方がラジオっぽくていい、とも言うのかな。
ラジオを日常的に聞くのは、毎晩ライオンズナイターに耳を傾けていた中学の頃以来だ。
2011年4月18日月曜日
2011年4月17日日曜日
発見の日
以前から存在は知っていたが、遠くて行ったことがなかったスーパーマーケットに行ってみた。そしたら出るわ出るわのお宝フード。
・ベトナム製ライスペーパー
・タイ製カップラーメン
・フィリピン製Ligoの缶詰
・タイ製カニ缶
・TWININGSアールグレー
・キッコーマン醤油(大) (たったの1万2千シリング!)
キッコーマンの安さには驚いた。いつも行ってるモールでは卓上用醤油差サイズで2万3千シリング(1,000円)という"高くてビックリ価格"だったから…アジアプロダクツの多さも何だか不思議な感じだった。まさかここでLigoにお目にかかるとはね。しかし、今日一番の発見は、何と言っても――
カ、カンパラに…?
日 本 食 屋 が あ っ た ……

うそーーっ!!

在留邦人のほとんどが存在すら知らないけれど、
確かに日本食屋と呼んでいいレベルだった。
そしてオーナーはフィリピン人、というオチつき(笑
・ベトナム製ライスペーパー
・タイ製カップラーメン
・フィリピン製Ligoの缶詰
・タイ製カニ缶
・TWININGSアールグレー
・キッコーマン醤油(大) (たったの1万2千シリング!)
キッコーマンの安さには驚いた。いつも行ってるモールでは卓上用醤油差サイズで2万3千シリング(1,000円)という"高くてビックリ価格"だったから…アジアプロダクツの多さも何だか不思議な感じだった。まさかここでLigoにお目にかかるとはね。しかし、今日一番の発見は、何と言っても――
カ、カンパラに…?
日 本 食 屋 が あ っ た ……
うそーーっ!!
在留邦人のほとんどが存在すら知らないけれど、
確かに日本食屋と呼んでいいレベルだった。
そしてオーナーはフィリピン人、というオチつき(笑
2011年4月16日土曜日
2011年4月15日金曜日
2011年4月14日木曜日
2011年4月12日火曜日
2011年4月11日月曜日
2011年4月10日日曜日
無題
土曜の昼下がり、運転手のアイバン君から電話がかかってきた。
もしもしマダーム?元気ー?僕は元気。今日は休んでるの?そう、僕は夕方からサッカー(←プレミアリーグ)観に行くよ。じゃねー。
んー…心配されてるのかな?それにしても一方的な会話だった(笑 今週は分刻みのスケジュールで朝早くから夜遅くまで、まるで『日本人みたいに』仕事した。普段は早起きが大の苦手と知っているアイバン君は、朝7時に出社すると言う私に、ただならぬ忙しさを感じ取ったに違いない。仕事が終わって帰ってくると、毎日「大丈夫?」と聞かれた。いつも温厚で優しいけれど、何か今週は気を遣われている感じがした。
2011年4月4日月曜日
feel at home?
食べものはホームシックを呼び起こしやすいので要注意だ。フィリピンにいた頃、母のレシピで鶏の空揚げをつくり、ひと口食べて後悔したことがある。食べた瞬間、孤独感がこみあげてきた。
その点、フィリピン料理なら、懐かしくこそなれ、孤独感に駆られることはあるまい。ちょっと遠いのでそう頻繁には行けないが、仕事がひと段落したらまた行こうかね。
2011年4月1日金曜日
パンを分ける
外務省のHPに、お見舞いや支援を寄せてくれた国が載っている。即座に支援を表明してくれた国々の中には、アフガニスタンや東ティモールも含まれていた。今日現在、サブサハラ・アフリカからは、スーダン、タンザニア、ルワンダ、ガボン、赤道ギニア、ナミビア、ボツワナ、南アフリカが支援してくれたとのことだ。
最後の3つはサブサハラといっても比較的豊かで例外的かもしれないが、開発途上国や紛争を抱える国々が決して余裕があるとはいえない中で支援の手を差し伸べてくれたことは、深く心に留めたい。
昨日も会議席上、お見舞いの言葉を受けた。たまたまそこにいる日本人が自分だけだという理由で、こうしたお見舞いに感謝の言葉を述べる機会が増えている。
直接被災したわけでもなく、国内で放射能の恐怖を味わっているわけでもない、海外からただ傍観しているだけの自分が「日本人として」御礼のコメントをするというのも、どこか違和感のあることだ。ただ、色んな国の人に直接お礼を言えるまたとない機会なので、心をこめ、ちゃんと伝わる話し方をすよう努めている。
最後の3つはサブサハラといっても比較的豊かで例外的かもしれないが、開発途上国や紛争を抱える国々が決して余裕があるとはいえない中で支援の手を差し伸べてくれたことは、深く心に留めたい。
昨日も会議席上、お見舞いの言葉を受けた。たまたまそこにいる日本人が自分だけだという理由で、こうしたお見舞いに感謝の言葉を述べる機会が増えている。
直接被災したわけでもなく、国内で放射能の恐怖を味わっているわけでもない、海外からただ傍観しているだけの自分が「日本人として」御礼のコメントをするというのも、どこか違和感のあることだ。ただ、色んな国の人に直接お礼を言えるまたとない機会なので、心をこめ、ちゃんと伝わる話し方をすよう努めている。
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