朝、通勤の道がやたらとすいていたので、「あ、今日になったのね」と気付いた。イスラムの断食月がおわり、今日はイードのお休みだった。昨日から巷では『明日がイードではないか』と噂されていたが、本当にイードかどうかは、イスラムの長老が新月を確認するまで確定できないのだそうだ。よって、休日のアナウンスは前日の夜も遅くなってからになるのが常だし、雲で月が見えない場合はイードも翌日以降に順延になるのだとか。
ウガンダでは、キリスト教とイスラム教、両方の祭日が休日だ。
2011年8月29日月曜日
悪天候
せっかくの週末だが、カンパラは雨季でも珍しい終日の雨だ。一度職場に出たが、強めの雨がコンスタントに降り続くのを見て道路が寸断されるのも時間の問題と思い、少し早めに切り上げてきた。
ニュースをつけて、作業の続きを。猛烈な風雨があるとリポーターが積極的に外に出るのは、世界共通の習性らしい。今時無人のお天気カメラなんていくらでもあるし、視る側には大した需要もないのにわざわざ危険を冒して風に吹かれにいく所業が、どうもプロのすることとは思えない。この場合の動機というのは、『強い風が吹くと、それがどれくらい強いのか試してみたい』という子どものような無邪気な好奇心なのか、それとも『こんな大変な状況でも頑張ってるアタシ』の自己顕示欲なのか――興味があるとすれば、その一点だけかな。
ニュースをつけて、作業の続きを。猛烈な風雨があるとリポーターが積極的に外に出るのは、世界共通の習性らしい。今時無人のお天気カメラなんていくらでもあるし、視る側には大した需要もないのにわざわざ危険を冒して風に吹かれにいく所業が、どうもプロのすることとは思えない。この場合の動機というのは、『強い風が吹くと、それがどれくらい強いのか試してみたい』という子どものような無邪気な好奇心なのか、それとも『こんな大変な状況でも頑張ってるアタシ』の自己顕示欲なのか――興味があるとすれば、その一点だけかな。
2011年8月28日日曜日
2011年8月27日土曜日
2011年8月26日金曜日
2011年8月25日木曜日
2011年8月21日日曜日
山の小説
客人から小説の差入れ。そういえば、学生の頃から頼みもしないのに時たま小説を回してもらい、感想文の報告は半ば義務化されていた(笑 あ、でも今回は頼んで持って来てもらったのだった。4冊も有難う。感謝。
では、恒例の勝手な感想を。
最初の2冊は山の小説。『八甲田山死の彷徨』と『凍』である。どちらも極寒の山行きという共通点があるが、準備不足が悲劇を招いた前者と、一流のクライマーが持てるものすべてを総動員してぎりぎり生還できた後者とでは、内容も読後感も対照的だった。
学生の頃、必要に迫られてアウトドアを覚えた。最初はそんなこと予期もしていなかったため、文字通り半ば義務感に駆られながらであったが、いつしかすっかり楽しくなってしまい、自らのめり込んでいった。何がそんなに楽しかったのか?――多分、何もかもが案外理詰めである点が、理屈っぽい自分の性格に合っていたのだろうと思う。アウトドア、というとワイルドでどこか力任せな響きがあるかもしれないが、実際はひとつひとつの所作や道具に理由があり、合理的な世界だった。同時に、合理的でありながら、時としてその努力をあっさり無意味なものにしてしまう自然と対峙する怖さ、面白さ。たまにめぐり合う、ごほうびのような瞬間――そのあたりが、魅力の核心ではないかと思う。
従い、『八甲田山――』の方は、読んでいて途中から腹立たしくなってきた。もとより軍事演習なのだから楽しむのが目的ではない山行きであるが、だったらなおさら、準備不足は許されない。追いつめられると、何かと言えば「そこは精神力で何とか」――と臆面もなく言えてしまうのは、今も昔も日本人の悪い癖だと思う。この場合、精神力が出てきた時点で、問題直視を放棄したも同然だ。高度のリスク管理のプロであるべき軍隊が、と思うとなおさら痛い。
『凍』も、読んでいて決して楽しい本ではないと思った。素人が頭の中で想像するにはあまりに怖い場面が続くからだ。正直、もう一度読み返してみたいとは思わない。ただ、桁違いにエクストリームとはいえ、実在の主人公夫妻のクライミングに対する思いというのは、どこか分かる気がするから不思議だ。そんな気がするような書き方になっている、ともいえるだろうか。もっとも、実在と知って、ネット上で動画なんかも見てみのだが、つくづく、これだけ極限状態の話でありながら、最も印象に残ったのは夫妻のナイスカップルぶりだった。もしかしたらパートナーは死んでしまったかもしれない、と思いながらも、ほぼ同時に、じゃあどこで(死体を置いてくために)ロープを切ろう?と考えられる夫婦――二人して徹底して問題から目を逸らさない。それも淡々と。一緒にいてお互い余計なことを考えないでいい居心地の良さがあるんじゃないかなと想像された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※
『凍』に描かれた、クライマーのクライミングに対する執拗なまでの情念を読んでいて、ふと、先日ノルウェーで出会った冒険家の彼女を思い出した。女史は、シェラーグの絶壁を指さし、30代のうちにフリークライミングで登ってみたいのよね、と言っていた。「まさか」――と半ばあきれる私に、ほら、あの谷(…素人にはただの断崖絶壁にしか見えない)、あそこがシェラーグ登攀の最も簡単なルートよ、とこともなげに言っていた。
そういえば、あの日、カヤックは勿論楽しかったが、嬉しかったことといえば、私が防水カメラを用意したことと、温かい飲み物を携帯用魔法瓶で持参したことを、女史がさかんに褒めてくれたことだった。客商売なのだからリップサービスならいくらでも言えようものを、あえて合理的な工夫を取り上げてくれたところに心つかまれたのだと思う。
では、恒例の勝手な感想を。
最初の2冊は山の小説。『八甲田山死の彷徨』と『凍』である。どちらも極寒の山行きという共通点があるが、準備不足が悲劇を招いた前者と、一流のクライマーが持てるものすべてを総動員してぎりぎり生還できた後者とでは、内容も読後感も対照的だった。
学生の頃、必要に迫られてアウトドアを覚えた。最初はそんなこと予期もしていなかったため、文字通り半ば義務感に駆られながらであったが、いつしかすっかり楽しくなってしまい、自らのめり込んでいった。何がそんなに楽しかったのか?――多分、何もかもが案外理詰めである点が、理屈っぽい自分の性格に合っていたのだろうと思う。アウトドア、というとワイルドでどこか力任せな響きがあるかもしれないが、実際はひとつひとつの所作や道具に理由があり、合理的な世界だった。同時に、合理的でありながら、時としてその努力をあっさり無意味なものにしてしまう自然と対峙する怖さ、面白さ。たまにめぐり合う、ごほうびのような瞬間――そのあたりが、魅力の核心ではないかと思う。
従い、『八甲田山――』の方は、読んでいて途中から腹立たしくなってきた。もとより軍事演習なのだから楽しむのが目的ではない山行きであるが、だったらなおさら、準備不足は許されない。追いつめられると、何かと言えば「そこは精神力で何とか」――と臆面もなく言えてしまうのは、今も昔も日本人の悪い癖だと思う。この場合、精神力が出てきた時点で、問題直視を放棄したも同然だ。高度のリスク管理のプロであるべき軍隊が、と思うとなおさら痛い。
『凍』も、読んでいて決して楽しい本ではないと思った。素人が頭の中で想像するにはあまりに怖い場面が続くからだ。正直、もう一度読み返してみたいとは思わない。ただ、桁違いにエクストリームとはいえ、実在の主人公夫妻のクライミングに対する思いというのは、どこか分かる気がするから不思議だ。そんな気がするような書き方になっている、ともいえるだろうか。もっとも、実在と知って、ネット上で動画なんかも見てみのだが、つくづく、これだけ極限状態の話でありながら、最も印象に残ったのは夫妻のナイスカップルぶりだった。もしかしたらパートナーは死んでしまったかもしれない、と思いながらも、ほぼ同時に、じゃあどこで(死体を置いてくために)ロープを切ろう?と考えられる夫婦――二人して徹底して問題から目を逸らさない。それも淡々と。一緒にいてお互い余計なことを考えないでいい居心地の良さがあるんじゃないかなと想像された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※※ ※ ※ ※ ※
『凍』に描かれた、クライマーのクライミングに対する執拗なまでの情念を読んでいて、ふと、先日ノルウェーで出会った冒険家の彼女を思い出した。女史は、シェラーグの絶壁を指さし、30代のうちにフリークライミングで登ってみたいのよね、と言っていた。「まさか」――と半ばあきれる私に、ほら、あの谷(…素人にはただの断崖絶壁にしか見えない)、あそこがシェラーグ登攀の最も簡単なルートよ、とこともなげに言っていた。
そういえば、あの日、カヤックは勿論楽しかったが、嬉しかったことといえば、私が防水カメラを用意したことと、温かい飲み物を携帯用魔法瓶で持参したことを、女史がさかんに褒めてくれたことだった。客商売なのだからリップサービスならいくらでも言えようものを、あえて合理的な工夫を取り上げてくれたところに心つかまれたのだと思う。
2011年8月20日土曜日
2011年8月19日金曜日
マサエ・ミーツ・マサイ
マサイ族の村を訪れた。
名乗るたびに大ウケである。
マサイじゃない!エだってば!!
背後に見える家は、牛のフンとエレファント・グラスで出来ている。
遊牧民の彼ら、家をつくるのは女性の仕事なんだそうだ。
Amboseli NP, Kenya
初めてアフリカの地を訪れた2005年、ナイジェリアでも何度か"Are you from Kenya?"と聞かれた。んなわけなかろーが(笑!
ちなみに、フィリピンでは、"Do you know how to massage?"と返されるのが常だった。現地語タガログ語に混じるスペイン語で、マッサージのことを「masahe(マサーヘ)」と言うんだそうで。ならば先手を、ということで、自己紹介ではよく、"Paarang masahe, pero walang 'h' (masaheみたいだけど、「h」は要らないよ)"なんてゆってました。
ウガンダでは、苗字を名前だと思われることが多く、私のことを姓で呼び捨てにするウガンダ人が多いです(笑
2011年8月10日水曜日
2011年8月8日月曜日
2011年8月7日日曜日
シェラーグ (3)
正直、アノ岩――『シェラーグボルテン』は
シェラーグという山のオマケなんだと思う。
こんな景色見せられちゃ・・・
シェラーグボルテンのすぐ脇から。
でも、気になる。
私は乗らない!と心に決めていたが、気になった。
その岩に乗っかるためには、
手前の岩と断崖の間の、わずかな隙間をすり抜けていく。
そりゃへっぴり腰にもなるさ。
やっぱりどうしても気になって仕方ないので、私も挑戦することに。
立つことすらできなかったけど、一応、ちゃんと乗れたもんね。
気が済んだところで、下山開始。
ごほうびなのか、帰りは素晴らしい見晴らしだった。
行きに、横殴りの風雨を受けた三つ目の尾根。
晴れると劇的な眺めだ。
いくら眺めても見飽きなかった。
<シェラーグ>
2011年7月24日
9:30 YH発 タクシーで登山口へ
9:55 パーキング発
10:15 休憩1回目
10:55 休憩2回目
11:40 写真休憩
(三つ目の尾根急登で散々な目にあう)
13:00 シェラーグボルテン着
13:50 シェラーグボルテン発
17:00 パーキング着、徒歩でリセボーテンへ
18:50 YH着
2011年8月6日土曜日
2011年8月5日金曜日
シェラーグ (1)
会議で顔なじみのノルウェー人に声をかけられた。
――「シェラーグに行ったんだって?」
そこは、ノルウェー人が『一生に一度は立ってみたい』と思う岩があるところ。
海面からだとマメつぶ以下だが、上の写真で中心より小指1本分左に挟まってる岩)
GXR P-10望遠寄り300㎜でいっぱいまでズーム。
ちょうど誰か乗ってるとこだったみたい(笑
落ちたら1,000メートル下のフィヨルドへ真っ逆さまなのに
みんな乗りたがるんだな、これが。
登山口のパーキングまで送ってもらったので高低差は400メートルないくらいだが、
往復6時間の行程。気合を入れて登り始めた。
最初の尾根を越すと、羊の鈴の音が響き渡っていた。
尾根が3つ――最初の2つは真っすぐ登って、真っすぐ降りる。
3つ目は急登のあと、広いドテッ腹を巻いていく。
2コ目の登り。山は、ともかく岩だ。
高度を上げていくと、はるか眼下にリセボーテンの村が・・・
見えなくなった(涙!!!
この後、3つ目の尾根をよじ登っている時に急に風が強くなり、横殴りの雨と風に襲われた。岩に張り付いた状態でおさまるのを待ちながら、「もう登り始めちゃってるし、後退(下り)よりは前進(登り)の方が安全」と判断。風の切れ目に必死に登ったのでした。怖かった~!
2011年8月3日水曜日
フィヨルドでカヤック!
最初にリーセフィヨルドの写真をみた時思った――
カヤックしたら絶対に楽しいはずだって。
Tide遊覧船、リーセフィヨルド、ノルウェー
そしたらカヤックツアーがあった。
ノルウェー行き自体、実は散々迷ったのだが
最後は『フィヨルドでカヤック』の誘惑に抗しきれなかった。
フィヨルドに流れ込む無数の滝。
カヤックなら近寄れるし、ド迫力。
海に注ぐ様は、まるで雨が降っているかのようだった――
もっとも当日は雨だったけど。写真は滝が海面に触れる様子です)
ここでカヤックしたら絶対に面白い!
――と最初に思った彼女が、ガイドだった。
ノルウェー人ではなく、ニュージーランド人。
後から、実は高名な冒険家だったということを知って、腰が抜けそうなくらい驚いた。
――マンツーでガイドしてもらえたなんて、ラッキー♪
2011年8月2日火曜日
素通りバス in ノルウェー
路線バスに乗るのが難しかった。
まあ、見た目はフツーにバスなのだが。
バス停の横に立ってるだけじゃ、停まってくれない。
それに気づかず、1日1本しかないバスを2度逃した。
小さな街の港でぽつん・・・
2度目は「街」ですらなかったため、
遠方よりタクシーを呼ぶしかなかった。
逃さずに乗るには、「SOSか?」と思うほど大袈裟に手を振り回さなくてはならない。ところが、最初の数回は始発のバス停から乗ったため、この習慣に気付かなかったのだ。2度も目の前を素通りされて、ようやくワケを理解した次第。
プレイケストーレン登山の翌日には、急に体調を崩し、やむなくその日の予定を全部キャンセルして医者に行った。一般に北欧は英語が通じやすいと言われているが(たとえば、大学の授業はすべて英語なんだとか)、このような片田舎では、みんながみんな英語を話せるわけではなく、街中の表示もすべてノルウェー語――体がしんどいのと相まって、さすがに心細い思いをした。
他には、YHで聞いた船の時刻が間違っており、待てど暮らせど帰りの便が来なかったりね。トラブルも凝縮された旅でした。
2011年8月1日月曜日
プレイケストーレン
ノルウェーの山は、とにかく岩だった。
曇り時々雨、風アリ、肌寒い。でも大勢の人出。
プレイケストーレン登山口の看板。
縦横比がビミョーだが。
リーセフィヨルドを一望。
吸い込まれそうな断崖絶壁。
風もあって寒かったが、つい1時間と長居してしまった。
まともな山歩きをしたのは、いつ以来か思い出せないくらい、かなり久しぶりだった。
当日の気温はたぶん13-14℃くらいだったと思う。風があったので体感温度はもっと低い。でも、ノルウェー人にしたら『暖かい』のか、誰も気にするそぶりもなく、老若男女次から次へと登って来る。さすがバイキングの血筋・・・なんて勝手に思ったり(笑 でもホント、岩が雨で濡れ滑りやすくなっており、決して登りやすくはなかったのだけれど、4、5歳くらいの子から70代くらいのシニアまで。日本の感覚なら小学生高学年以上だと思うんだけどなあ。
<2011年7月19日>
スタバンゲル発 9:30
タウ着/発 10:30
ロッジ前登山口発 11:15
休憩1回目 11:43
休憩2回目 12:20
休憩3回目 12:50
プレイケストーレン着 13:20
プレイケストーレン発 14:30
ロッジ前登山口着 16:40
夜は午後11時頃まで明るいせいか、私が下山した頃から登り始める人たちも大勢いた。山登りといえば朝早くに出発するのが当たり前だと思っていたけれど、確かに日没がこれだけ遅ければ、午後からでも登れるというわけだ。目からウロコですな。
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