会社1:株の投資信託 T社
老後の蓄えなど、個人資産で株式を保有している一般人に、ある日『株式の公開買付を行っています。あなたの株を〇〇ドルで売りませんか?』と勧誘メールが届く。(※日本では銀行貯金が圧倒的多数だが、米国ではそこらのフツーの一般人でも株式に換えているケースが珍しくない模様。)株を持っていると、この手の勧誘メールは毎日色んなところから届くから、受け取る側もいちいち全部は読まない。良さそうなのがあれば、ポチッとクリックするだけで取引出来てしまうそうだ。
こうした買付は『テンダー・オファー』と呼ばれ、取引に応じると持っていた株がHolding accountに一時的に移される。公開買付は通常、即日ではなく一定期間行うものなので、その間買い集めた株を一時的に置いておくのがholding accountである(と思う)。テンダー・オファーに応じた人には通常、買付期間中であればいつでも、気が変われば取引を中止する権利が認められている(たとえば相場が買付価格を上回った場合など)。もっともそうならないように、買付価格は通常、市場価格を上回るように設定されている。
さて、問題のT社だ。
T社からの勧誘メールは、一見、他社のものと同じように見えるが、何百ページにもなる説明書きをちゃんと読むと、実はあちこちに落とし穴が掘ってある。
- T社の買付価格は、市場価格を3-4%下回るように設定されている。
- 取引に応じたら最後、オファーを受けた側に取引中止の権利は無い。
- その一方で、T社には最終的に株を買い付ける義務はない。T社が買付を放棄した場合、holding accountにあった株式は元の所有者が引き取らなければならない。
まず、一点目。もし、「あなたの株は現在、市場価格で$45ですが、それを私たちに$42で売りませんか?」と聞かれたら、誰だって「アホか。売らんわ、そんなもん」と答えられるだろう。T社がやっていることはそういうことなのに、現実には多くの人が間違って売ってしまう――テンダー・オファーは通常市場より高値であるということを知っているがゆえに、これもそうに違いないと思い込み市場価格を調べずに決断してしまうのだ。ポチッとクリックするだけでいい手軽さも軽率さを助長する。
そして二点目。クリックしてから、実はオファー価格が市場価格を下回っていると気付いても、もう遅い。通常は認められている取引中止の権利が、T社との契約では認められていないのだ。さらに最悪なのは、holding accountに株がある間に、株価が下がってしまい三点目が発動するケースだ。上の例でいけば、T社は市場価格が$42を下回った時点で、買付を放棄すればいい(市場で買った方が安いから)が、元の株式保有者(客)は値が下がった株を引き取らなければならないので、損を避けられない(下のエントリで書いたコールオプションの売りですね、まさに)。こんなT社にだけ都合のいい契約だが、小規模(総発行株式の5%未満)な公開買付は規制対象外であるため、契約自体は合法です、となむ(逆に、5%以上なら違法となるケース)。
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こうして荒稼ぎしたT社は、やがて社会問題にもなったが、契約が合法であることをタテに居直り続けたそうだ。そもそも客のミスを前提にした商法が許さるのか――私は考えるまでもなくNOだと思うが、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を英雄視できる国・アメリカでは「いや、彼は頭いいだけじゃね?騙された方が悪いっしょ」という人も結構いて議論になるのである。