海外からの観光客が2013年にはじめて1000万人を超え、2014年も過去最高を更新したそうだ。その様子を取材したTV番組も次々と作られているようだが、まずはあの吹替えをやめたらどうかと思う。字幕をつけて英語は英語でそのまま流せばいいのに、グローバル化だの英語だの、言うだけ言って言ってることとやってることが合ってない。会話の場面・背景が曖昧になりがちでそれゆえ単発の意味のない会話になりがちなリスニング教材に比べて、番組の流れ中で色んな国の訛りのある英語が聞ける街頭インタビューの方が、教材としてどれだけ優れているか分からない――リスニングが英語で会話できるようになるためのトレーニング、という位置づけなら、の話だが。
学校教育だけいじって仕事した気になってるのだとしたら、それこそ典型的な官僚の発想と言わざるを得ない。
2015年1月29日木曜日
2015年1月24日土曜日
『猿の惑星 Dawn of the Planet of the Apes』 (2014年)
※邦題はなぜか前作と紛らわしいネーミングとなっているため、原題で記載。
この間の成田→DC西回り復路の機上、成田-ヒースロー便で初見の後、ヒースロー-DCダレス便でもう1回観て、さらに先週末iTuneでHD版をお買い上げという、ここ最近で一番のヒット作。猿のCGに心を鷲掴みにされた。そう言えば私、昔からシーザーみたいな男前がタイプだった(笑 ・・・なんて、アイバン君に怒られるかな?
2011年の前作が、モーションキャプチャという技術を使って作られた今シリーズの1作目だ。機上だったか、自宅の映画チャンネルだったか、どっかでそのクライマックスシーンだけをチラ見したことがあり、猿たち(正確には類人猿たち――チンパンジーとかゴリラとかオラウータンの混成部隊である)がゴールデン・ゲート・ブリッジで暴れまくるる様があまりにリアルで、シュールな画に目がテンになったと記憶している。今回、あらためて見直してみてシーザーが主人公だと分かったが、当時はゴリがヘリに飛びかかるシーンの迫力に圧倒され、てっきり彼が中心人物(というか、中心的猿)なのだと思っていた。
今回機上で2度観たのは、CGの出来に驚いたからというのもあるが、あまりに猿たちがリアルに見えるためパッと見の見分けがつきにくく、誰がいつ何て言ってたかをなかなか追えなかったからというのもあった。人間と違って、キホンみんな見た目は猿なので、何度も観ない限り顔ではまず区別できない・・・最初から問題なく分かったのは(見た目が明らかに他とは違う)オラウータンのモーリスだけ。悪役のコバも徐々に重要な役だと明らかになるにつれ、よく見たら片目がつぶれていて立ち居振る舞いも全体に粗野なことから分かるようになった。が、他の猿は二度観ても把握できない者(猿)ばかりで、ロケット、アッシュの親子やシーザー嫁は言うに及ばず、物語後半の鍵を握るシーザー長男でさえ、ああ、肩の傷を見ればいいのか!と分かるまでちょっと時間がかかった。そもそも、冒頭熊に襲われたのがシーザー息子であると言うのがまずなかなかピンと来ないのだ――初めの方はもっぱら、CGスッゲーーー!!!ということばかりに目が行くので。
後から、エンドロールのいちばん上に出てくる主演俳優が、お猿のシーザー役だと知って再び驚いた。 猿があまりに猿なので、てっきり100%CGで作られているものだとばかり思っていたーーが、実際は一度人間が演じてその動きを取り込んでいるのだそうな(=モーションキャプチャ)。その撮影風景はYouTubeなどで観られるが、グレーの特殊スーツに身を包み、ヘッドギアと顔中に白いデータポイントのぶつぶつを貼り付けた俳優たちが一斉に猿の動きを真似るという、これまたかなりシュールな画であった。
『猿の惑星』シリーズと言えば、元々は1960年代にチャールズ・ヘストン主演で作られた映画が有名だ。ちゃんと観たことはないが、TV放映などで断片的にあの特殊メイクの猿たちには見覚えがある。当時はあのメイクが画期的だったそうだが、今の目線で観てみるとあの猿たちは、まあ、人間である。明らかに人間が演じていると分かる、かぶりもの感が満載のサルたちである。
対して、2011年からの今シリーズの何が目を引くかと言ったら、前述のとおり、猿が、あまりに猿なのである。おかげで、私の中では1960年代の『猿の惑星』はSF映画だったのが、今シリーズはサスペンスかホラーに近い感覚だ。猿みたいな恰好をした人間が襲ってくるシーンには画としてくすっと笑う余地があると思うが、猿が私たちが知るところの猿のまま人間のような暴力を振るう画には戦慄が先に立つ。それはちょうど、昨日まで普通のご近所さんだった隣人が突然ナタを振り回して襲ってくる恐怖が、軍服を着た兵隊が襲ってくる時のそれのとは異なる種類のもであるのことに似ている。日常に連なる世界で起きる恐怖の方が、非日常のよりもショッキングであろうと思う。
何はともあれ、猿があまりに猿なのが、この映画のいちばんの見所なのは間違いない。人間に遭遇し対応を協議する、「猿の会議」と名付けられたシーンがおもろくて何度も観てしまう。あと、シーザーが人間に相互不干渉を申し入れるシーンの、ひと言めの“エイプ!”にいつも笑ってしまう。うわ、しゃべった!!!という人間側のリアクションが想像されてついニヤッとしてしまうシーンだ。
悪役コバが"Human lies!"と人間を糾弾するセリフに、思わず"... Americans"と突っ込んでしまったり(humanというけれど、実際にはアメリカ人しか登場しないので、嘘をついたのもアメリカ人である)、こんなに暴力的なシーンを入れなくても十分面白かっただろうに、と毎度うんざりさせられたり。細々色々あるのはハリウッド映画だから仕方ないが、それでもこのお猿たちには一見の価値がある。
この間の成田→DC西回り復路の機上、成田-ヒースロー便で初見の後、ヒースロー-DCダレス便でもう1回観て、さらに先週末iTuneでHD版をお買い上げという、ここ最近で一番のヒット作。猿のCGに心を鷲掴みにされた。そう言えば私、昔からシーザーみたいな男前がタイプだった(笑 ・・・なんて、アイバン君に怒られるかな?
◇ ◆ ◇
2011年の前作が、モーションキャプチャという技術を使って作られた今シリーズの1作目だ。機上だったか、自宅の映画チャンネルだったか、どっかでそのクライマックスシーンだけをチラ見したことがあり、猿たち(正確には類人猿たち――チンパンジーとかゴリラとかオラウータンの混成部隊である)がゴールデン・ゲート・ブリッジで暴れまくるる様があまりにリアルで、シュールな画に目がテンになったと記憶している。今回、あらためて見直してみてシーザーが主人公だと分かったが、当時はゴリがヘリに飛びかかるシーンの迫力に圧倒され、てっきり彼が中心人物(というか、中心的猿)なのだと思っていた。
◇ ◆ ◇
後から、エンドロールのいちばん上に出てくる主演俳優が、お猿のシーザー役だと知って再び驚いた。 猿があまりに猿なので、てっきり100%CGで作られているものだとばかり思っていたーーが、実際は一度人間が演じてその動きを取り込んでいるのだそうな(=モーションキャプチャ)。その撮影風景はYouTubeなどで観られるが、グレーの特殊スーツに身を包み、ヘッドギアと顔中に白いデータポイントのぶつぶつを貼り付けた俳優たちが一斉に猿の動きを真似るという、これまたかなりシュールな画であった。
『猿の惑星』シリーズと言えば、元々は1960年代にチャールズ・ヘストン主演で作られた映画が有名だ。ちゃんと観たことはないが、TV放映などで断片的にあの特殊メイクの猿たちには見覚えがある。当時はあのメイクが画期的だったそうだが、今の目線で観てみるとあの猿たちは、まあ、人間である。明らかに人間が演じていると分かる、かぶりもの感が満載のサルたちである。
対して、2011年からの今シリーズの何が目を引くかと言ったら、前述のとおり、猿が、あまりに猿なのである。おかげで、私の中では1960年代の『猿の惑星』はSF映画だったのが、今シリーズはサスペンスかホラーに近い感覚だ。猿みたいな恰好をした人間が襲ってくるシーンには画としてくすっと笑う余地があると思うが、猿が私たちが知るところの猿のまま人間のような暴力を振るう画には戦慄が先に立つ。それはちょうど、昨日まで普通のご近所さんだった隣人が突然ナタを振り回して襲ってくる恐怖が、軍服を着た兵隊が襲ってくる時のそれのとは異なる種類のもであるのことに似ている。日常に連なる世界で起きる恐怖の方が、非日常のよりもショッキングであろうと思う。
◇ ◆ ◇
悪役コバが"Human lies!"と人間を糾弾するセリフに、思わず"... Americans"と突っ込んでしまったり(humanというけれど、実際にはアメリカ人しか登場しないので、嘘をついたのもアメリカ人である)、こんなに暴力的なシーンを入れなくても十分面白かっただろうに、と毎度うんざりさせられたり。細々色々あるのはハリウッド映画だから仕方ないが、それでもこのお猿たちには一見の価値がある。
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