2012年11月28日水曜日

アフリカの番


今年のクリスマスソングはこれで決まりだ。


『Africa for Norway』
という題名に、思わずニヤッとしながら聞く一曲。





アフリカがノルウェーを支援する、という歌詞。
え、逆じゃない?と思ったら、それこそが彼らの狙い。


わざわざピアニストにサングラスまでかけて、
『We are the World』あたりを意識したのだろう。





はじめてアフリカに来た5年前、あら?と強く拍子抜けしたのを覚えている。みんな意外とフツーに生活しているではないか――それが違和感でさえあえあったということは、つまり、それだけ実際に自分の目で見るその時まで、アフリカはどこか「フツーでない」ところだと思っていたわけだ。難民問題を研究する立場にありながら、不覚にもアフリカのことを何一つ知らなかったことを思い知った。
確かによく考えたら、
貧困、紛争、汚職、テロ。
ばっかりなわけがない。何億人が暮らしていると思ってるのか。
が、これ、ステレオタイプが部分的には正しいこともあって、説明するのが難しい。
難しかった、私には。
◆ ◆ ◆

このPVはノルウェーと南アフリカの協力で行う「Radi-Aid」というキャンペーンでつくられたのだそうだ。キャンペーンの公式サイトを見ると、彼らのメッセージが簡潔明快に書かれている。他の援助機関の広報担当が見たらひっくり返ってしまうような、ちょっと刺激的すぎるかなと思う箇所もあるが、これまで援助機関が決して口にしてこなかったことをここまでズバッと言い当てたことに、ただただ脱帽である。ノルウェー(※)、すげえ。
※)ノルウェー政府の援助機関が資金提供している

1、寄付金集めはステレオタイプにのみ拠るべきではない。
悲しい写真は見飽きた。実際に起きている変化についても伝えてほしい。>

2、世界で起きていることをちゃんと知りたい
危機や貧困やエイズのことだけでなく、アフリカや他の開発途上国が発展していく様子も知りたい。>

3、メディアよ、尊厳を守れ
白人の赤ん坊が飢えている様子を許可なく勝手に撮って掲載できますか?>

4、援助は「ニーズ」に基づくべきものであって、お仕着せの「善意」に基づくべきものではない。
援助はもっと大きな構図の中の一部であり、援助だけが答えではない。>

出典:Radi-Aid: Afria for Norway(抄訳)
http://www.africafornorway.no/why
◆ ◆ ◆

やられた!と一本取られたすがすがしさと、自分以外にもこの違和感に気づいている人たちが結構いたんだ、という嬉しさとともに、長い間自分ではうまく言葉に出来なかったことを鮮やかに表現した彼らに、悔しささえ覚えた一曲だった。

2012年11月27日火曜日

選果眼

ここのアボガドは熟れていても渋いことがあり、見分け方はとうとう分からずじまいだった。味の個体差というよりは、ハズレの週は全部ハズレのパターンが多い。最初の1個目が渋かった時のいまいましさったらないのだ。

2012年11月19日月曜日

yawn



かばのあくび







念願の、初ゲット☆

歯並びまで撮れて満足。






口開いてからカメラを構えるのでは遅いので、今までなかなか撮れなかったのだが、
やたらとあくびをする一団だった。



お昼寝タイムだったのかな?





2012年11月12日月曜日

食ブーム

メンチカツ・ブーム到来。揚げたてにソースとマヨネーズで何個でもイケる。

2012年11月7日水曜日

ブーム

映画チャンネルをのぞくようになったのは、今のアパートに引っ越してからのことだ。前のアパートで過ごした2年は珍しく小説をよく読んだが、今年は映画がマイブームらしい。理由は自分でも全く分からないが、相変わらず飽きっぽいので、そのうち気付いたら観なくなっているのだろう。

『Arthur』 (2011)
聞き覚えのある有名な曲をテーマ曲に勝手に拝借しとる、と思ったら、その曲は元々この映画のものだったそうな。1981年の元の映画も続けて放映されていたので観てみたが、素敵なのは曲だけで、よくこんなんでアカデミーに届いたな――という印象(実際、日本ではそれほどヒットしなかったのだそうだが、納得の内容だ)。2011年版の方はヒロインが不必要にアホッぽくなく、主人公の屈折した感じもよく出ており、チープなおとぎ話なりにリアリティーを消し過ぎてなくて、安心して観られた。一方、1981年版の方は、恋に落ちる過程や必然性が全く見えないので、先に2011年版を観ていなければ、多分、これはどんなジャンルの映画なのか?ということから考えなければならなかったと思う。
ちなみに、曲とは『Arthur's Theme (Best That You Can Do)』(邦題:ニューヨークシティ・セレナーデ)のことだ。


『Shine of Rainbow』
日本語のサイトが見当たらなかったから、たぶん日本未公開なんだろう。2009年アイルランド映画となむ。大きな興行収入を狙うタイプの映画ではないが、こういう作品こそ小さな映画館でひっそり上映してほしいものだと思う。舞台となるアイルランドのおっそろしくド田舎をとらえた映像が、ともかく緑鮮やかで目を引いた。「色」がひとつのモチーフになっているストーリーなので、ひょっとしたら色合いの調整をかなりいじったのかもしれないが、映画でここまで青々とした草原を観たことがない。

孤児だった少年の成長と、彼を養子に引き取った養父母との絆を描く、基本的には良心溢れるストーリーだ。が、終盤せっかく仲良くなった養母が突然亡くなってしまう展開はやり過ぎな感じがした。そこまで悲しい展開にしなくとも、少年と養父が葛藤(――というより、養父はただ人見知りなだけかもしれないが)を乗り越えていく様は描けたのではないか。観客の涙腺を刺激し、かつストーリーを分かりやすくするためにということなんだろうけど、この明らさまな仕掛けが映画の質を上げているかと言うとそれはないので、やはり不必要なのだと思うが、どうか。


『Jonny English Reborn』
Mr.ビーンは(――英国ジョークは、かな)好き嫌いが分かれると思うが、私はローワン・アトキンソンのどこか憎めないところが結構好きである。ビーンも、映画は意外にもハートフルな展開でよかったし(『Mr. Bean's Holiday』2007年、フィリピンで観た)。
Jonny Englishは、もしも007がビーンだったら、という発想の、ゆるっゆるスパイ映画だ。期待どおり全編に下らなさが漂っていて満足である。カーチェイスを車椅子で逃げたり、間違えて女王陛下をボコボコにしてしまったり、せっかく追いつめた敵の目の前で誤って自分から転落しちゃったり。一寸先が読めるお約束のボケがメリハリなく続いていく。

本編とはあまり関係ないが、エンドロールの最後に挿入された、ビーン(Jonny)が音楽に合わせて料理するシーンは、この間のオリンピック開会式の演出に通じるものがあるなと思ったり。

パス

「キャリアパス」がぱっと出てこなくて、「成り上がり方」と言った人がいた。
むしろ名訳ではないか。

2012年11月4日日曜日

at its own pace



離任まで半年を切った。













だいたいいつも、終わる間際は次のことで頭が一杯で
感傷よりも殺気である。


あわてず さわがず が理想ねんけどな。



2012年11月3日土曜日

Catch of the day




いつも思う、






よく立てるな その舟に。




獲れた魚はどこに積むのだろう?と思ってしまうサイズだが、地元の漁師さんの舟としてはごく平均的なものと思われる。これなら、獲り過ぎることもあるまい。しかし見るからに不安定そうな舟で、多分、素人だったら打った網と一緒にドボンだろう。

2012年11月1日木曜日

一望



T字交差点を見下ろす

このビル10階からの眺めから好きだったのだが――





ちょっと前に引っ越してしまった とある訪問先にて