友人からの差し入れ三冊目、『風林火山』をようやく読み終えた。
以下、課題の感想文(笑
ここのところ小説はひと晩一冊だったのだが、珍しく2週間ほどかかった。文字の量ではない。題材が武田信玄(主人公は山本勘助)だったのと、作者が井上靖だったせいだろう。歴史小説というより文学作品だった。
====================================================
さて、その武田信玄。戦国の武将の中で、一番最初に名前を覚えた人物だった。いや、正確には、日本史に出てくるあらゆる歴史上の人物の中で、はじめて覚えた人物だった。小学生の頃、歴史といえば、昭和の前が大正で、大正の前が明治で、その前が時代劇に出てくるチャンバラの江戸時代――そのもっと前は“かみさまの時代”だったと、根拠はないが本気で思っていた。だから、江戸時代の前に『戦国時代』なる時代があると知った時は、衝撃だった。そのきっかけが、1988年の大河ドラマ中井貴一の『武田信玄』だった。
まあ大河ドラマ自体は、若かりし頃の中井貴一が無理して低い声だそうとしているのが子ども心に「変なの」と思ったり、上杉謙信も無理してキザを装い全然カッコ良くないなと思ったり、晴信の嫁にいつも影のように付き纏う侍女のオバハンこわっ!と思ったり。大人になってから、歴代大河ドラマの中でも高視聴率だったらしいことを知ったが、確かに子ども目線でも楽しめる一大エンターテイメントだった。
しかし最初は、作り話だと思っていた。たまたま当時うちへ来てもらっていたベビーシッターのおばちゃんが熱心な大河ファンだったのだが、毎週土曜、家へ帰るとその時間帯だけは決まってわが家の三人姉弟をTVの前に集め、晴信タイムだったのだ。それである時、おばちゃんがあんまり熱心な様子なので、思わず聞いてしまったのだ――「どうせ作り話なんでしょ?」(イヤなガキ!)。そしたら、おばちゃんは作り話ではないと言う。本当に昔あったことだと。そんなはずはない、江戸より前はかみさまの時代だもん――と反論したかどうかは覚えていないが、少なくとも密かにうろたえたのは確かだった。
以来、学校の図書館の歴史の本とか伝記の本を片っ端から読んだ。おねだりをして少年少女日本の歴史を少しずつ買い揃えていった(今でもわが家に全巻ある。引っ越しの時処分する話があったが、私が反対した)。中学受験のために塾を探した際、いかにも弱小そうな駅裏の雑居ビルのとこがいいと親に訴えたのも、本棚に全巻揃った歴史マンガを見てのことだった(笑 大河ドラマも、しばらくは家族で欠かさず見るようになった。6年生の夏休み自由研究が『太平記』だったのは、今思うとさすがに渋すぎたと思うが、結局大学に至るまでこの歴史好きは治らず、おかげであまり就職に役に立たないとは薄々気付きながらも修士までおさめてしまったわけだ。
そういうわけで、武田信玄は、好きな武将かと言われるとそうでもないが、格別の思いがある響きなのだ。
====================================================
こんな調子なので、読み進めながら、ストーリーとは全く関係のないところで昔の記憶をたどったり、ネットに転がってる動画を見てみたり、史実はどうだったっけとウィキペディアをのぞいてみたりで、文学作品を味わうのが次第に億劫になってくる始末だった。それにしても、何で山本勘助だったのかな?川中島で討死してしまうので、何となく、いくら由布姫病死という区切りがあったとはいえ、話の終わり方が唐突であるのは否めない。主人公の心の動きはさすがに丁寧に描かれていると思ったが、由布姫への感情がどう見ても『父親の気分』以上のものがあって若干気味悪く、文字面では追えるものの真に迫るものがなかった。
0 件のコメント:
コメントを投稿