2014年7月27日日曜日

奴隷の国の今昔

古代ギリシアと現代の民主主義の違い(のひとつ)は奴隷制の有無だと習った気がするが、これって違いじゃなく共通点じゃね?――というのが、現代の民主主義大国ナンバーワンを自認する国の首都で生活してみた感想だ。選挙権の有無、ならまだ分かるが。誰か、そういう研究してくれないかな。


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確かに人種や肌の色による差別は無くなった建前であるし、実際その手の言動には細心の注意を払って周囲の誤解を招かないようにしなければならないが、目の前に見えている日常風景は、特定の職業に特定の人種や民族が偏っており、社会の底辺を支える仕事をしていると思われる人は服装や立ち居振る舞いからすぐにそれと分かることが多く、そんな光景が身近にいくらでもあるような救いようのない格差社会だ。制度化されていないからって固定化されていないとは言えず、むしろその逆で、見えにくくなっている分改善しようというインセンティブも働かず見て見ぬふりを助長する下地となっている。じゆうのくにというよりどれいのくににみえるんだわね、正直。


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社会を硬直化させないために競争の存在は重要だと思うし、それが日本に最も欠けていることだとも思うが、もしこの国で本当に公平な競争が行われているのだとしたら、首都の公共交通の運転手がほぼ例外なく黒人で、土木作業現場から聞こえてくるのは必ずスペイン語、という状況は説明がつかないはずである。







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