世の中には、明らかに優れているのに、世間やしかるべきところからきちんと評価してもらえていない人がたくさんいると思う。そういう状況でモチベーションを持ち続けることがいかに大変か、ほとんどの人が何かしらの形で経験したことがあるのではなかろうか。だから、信念をつらぬき、意地悪な雑音、思いがけぬ不幸、得意が不得意に変わってしまったスランプ、他人が云々など数々の苦難にも心折れることなく、言い訳もせず、自分の思う理想を真っ直ぐ逃げずに追い求め続けた姿に多くの人が心打たれたのだと思う。そんな彼女が嬉し泣きできたことにこそ、意味があった五輪だった。
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とはいえ、人気種目だからって、決して競技発展のためにならない採点方法 にいつまでもあぐらをかいてちゃいかんとは思うけどね。政治力も競技のいち要素なのかもしれないが、商業五輪は観てもらってなんぼのビジネスモデルだ。観客や視聴者の視点を忘れると伝統競技でさえリストから外されてしまう夏季五輪に比べ、競技団体としての慢心ぶりが際立っているように思う。
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