East African Community――東アフリカ共同体。EUが機能するようになるはるか前、東アフリカに地域共同体があった。
域内は関税フリー、域外に対しては共通の関税をかける。共通の通貨、共通の郵便制度、鉄道・フェリー・航空会社も域内をカバーした。1977年、諸々の不協和音を抱えて瓦解するまで、実に半世紀上も機能していた。ウガンダでも、ある一定以上の世代の人に聞くと「あの頃はよかった」的なコメントだ。
――まあ、そりゃそうだろう。鉄道もフェリーも、今はほぼ機能していない。航空会社はケニアが持ってっちゃった。そこそこ広くて海に面しているケニア、タンザニアはともかくとして、世界地図を開いたら小さ過ぎてよく見えない内陸の三か国は、大きなメリットを失うことになった。(――それはとりもなおさず、ケニア、タンザニアにとってこの共同体にどれほどのメリットを見出せるのか、という話でもある。)
ケニア、ウガンダ、タンザニア、ルワンダ、ブルンジ。今あるEACは2001年に発足しており、そこだけ見ると、てっきりEUのマネでもしたかのような印象を抱いてしまうが、実は20世紀初頭から徐々に形成され1948年には一応の形になった『初代』EAC(1948年当時は『East African High Commision』)があったのだ。
1948年ってことは、まだ独立前。ということは、中心の三つ(ケニア、ウガンダ、タンザニア)を一緒にするという発想は、イギリス発ということなのだろうか。当時、ケニアは直轄植民地、ウガンダは保護領、タンザニアは委任統治領だった。色んな名前が付いているが、要はイギリスの「植民地」。分割統治がお家芸のはずだが、なぜか東アフリカに限ってはまとめたくなったらしい。何故だろう?
歴史では習わなかったし、大学でも大学院でも、EACの記述に触れたこと、あったかなあ?少なくともまとまった研究を目にしたことはなかった。
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